やさしいことばをたっぷり吸収すること 連載第二回 多読的精読篇

2009年10月10日
カテゴリ : 多読, をさなごのやうに
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第一回の冒頭で、「ビイル樽を転がすことにした」と書きました。

迷いに迷って半年、ついに書くことに・・・

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ここ何ヶ月も迷ったのにははっきりした理由があって、
理由ははっきりしているのに決断が出来なかったのです。

その理由はこの記事を読む人を「試験する」ことになるかもしれないからです。

わたしは多読支援三原則」として、「教えない、おしつけない、テストしない」を
提案しています。すると、先生方は「どうすればいいんだ!?」という顔をします。
けれども、わたしは8月の高校の英語の先生を対象にした研修会で、
「生徒と先生が信頼感で結ばれていれば何をしてもいい」ということをいいました。
支援三原則を「破って」、テストをしてもいいと思います--もし生徒が先生は
冷たく点数で評価しようとしているのではない、ぼくのためにテストしてくれる
のだ」と考えるような信頼関係があれば。

先生方を中心としたメーリング・リストでもおなじことを投稿しました。 
そしてつい最近自分のことばを思い出して、この記事を書くことにしたわけです。

さて、次の英文を読んでください。この文はわずか13語ですが、
「やさしい」語の大事さをこんなに見事に物語る文章はないのではないかと
わたしは考えます。

Catherine walked into Wim's office. "Wim, do you dance?"
He stared at her.

これはあるよく知られた作家の大人向けの小説の一節ですが、
ここにはいわゆる「精読」で話題になりそうな要素はまったくありません。
一文が長いわけでもなく、むずかしいことばが使われているわけでもありません。
こんな簡単なことばだけでできた短い文を「精読」だなんて、いったいどういうこと?
と思われるかもしれませんね。

けれども、この文で描かれている瞬間がこの二人にとって大きな意味を持つ
劇的な瞬間なのだということがわかること、それが「多読的精読」だろうと思います。

どういう風に劇的なのか? 

ここでわたしの「ことばの最小単位は語ではなく、文である」という仮説を使って
説明します。そう考える理由は

  「語から物語は再生できないが、文からは物語を再生することができる」

と思われるからです。

しかもこの13語は3文ですから、十分に物語を再生することが可能です。
わたしが再生した物語はこういうものです・・・

    Katherine と Wim は互いに惹かれ合っている。
    けれども二人はこれまでなかなか接近できなかった。
    ひとつの原因は Wim が自分が Katherine に惹かれていることを
    認められなかったからだ。
    それでじりじりしていた Katherine はあるクラブでパーティーがあることを
    聞いて、この時とばかりに Wim を誘うことにした。
    Wim は突然の、しかも不躾な誘い方にびっくりするが、
    渋々OKして、ふたりの仲は急速に進む・・・
   
本当にそういう展開かどうかは知りませんが、細部が当たっているかどうかは
たいした問題ではありません。問題はこの場面がそういった「劇的な転換点」だ
ということが「さらっとわかるかどうか」だと言えます。

わたしは「多読的精読とはさらっと読んで深くわかること」だと言って来ました。
もしさらっとわからなかったら、どんなに従来の「精読」をしてもわからないでしょう。
そもそも「精読」すべき文章とは見えないでしょうし。

では、この13語のどこにそんな劇的な内容が潜んでいるのか?

    (そして、ここから先は「みなさんをテストする」ことになるわけですが・・・)

この13語の表現している場面が劇的であることを読み取るには、
いわゆる「語彙力」や「文法」ではわからないことがいくつもあります。

    * walk into
    * office
    * Do you dance?
    * stared at

こうしたことについて、明確なイメージを持っていないと劇的であることは
わかりにくいと思われます。どれもこれまでの[精読」では問題にならない箇所
ばかりです。一つ一つ説明しましょう。

* walk into

他人の部屋に walk into するということは普通はやりません。
たくさんの本を読み、聞き、映画を見ていると、部屋に入るときはかならず
(たとえドアが開いていても)ノックをします。

walked into Wim's office ということは、Katherine がノックもせずに
Wim の部屋に入ってきたということです。「ある人」は「乗り込んだ」という
ことばを使いましたが、その通りだと思います。

* office

もっとも、英和辞典にあるように、office を「事務所」とイメージしたら、
乗り込む感じは出てきません。「office=事務所」という一対一対応がいちばん
悪さをしているとも言えます。

    (調べた英和辞典はどれも「事務所」を最初に挙げています。
     「語彙力増強」を唱える人たちは office をいったいどう覚えるの
     しょう? office なども、多読するうちに訳語がわからなくなる
     語ですね。もちろん日本語の訳語ひとつで済ませることなど
     無茶です。すると、語彙力増強を考える人は訳語を全部覚えるので
     しょうか? 他方、わたしのように office の訳語が思い浮かばない
     場合も、walked into Wim's office の表していることは受け取れるし、
     その奥にある物語は再生できる・・・ 不思議ですね。 )

ついでに言うと、

    Katherine walked into Wim's 事務所. 

というのは意味をなさないという気がしますね。
乗り込むもなにもない、無意味な文とわたしには受け取れます。

「(車で行かずに)歩いて行った」というなら、into ではなくて walked to
Wim's office でしょうね、たとえ「事務所」と受け取ったとしても。

* Do you dance?

部屋に入ったら普通なんらかの挨拶をするものですが、Katherine は
いきなり 「ダンスできる?」と聞いています。

入ってすぐ、しかも I wonder if you dance. でも、I hope you love
dancing. でも、You don't look like a dancing person, but... でも
ない切り出し方はかなり異常です。この文を読んだ「ある人たち」は口々に
「[Katherineは]酔っぱらってるんじゃないの?」、「水着着ていたとか?」と
言って、この場面の異常さを不思議がっていました。

* stared

そんな不躾な Katherine ですから、Wim が stare するのは無理も
ありませんね。(「どうして英語が使えない? ペーパーバックへの道」を
参照!)

さて、たった13語ですが、この場面の異常さはわかってもらえましたか?

ここでもう一度強調したいのは

   「やさしい語が使われた短い文がやさしいというわけではない」

ということです。

そして、into や office や Do you dance? や stare といった、

  むずかしいやさしい語」の奥行きや色合いや広がりや勢いや味や匂い

を吸収するにはそういう「やさしい文」にたくさん触れなければいけないということ
です。

「精読」などというものはないのですが、(あるとすれば「注意深く読む」くらい?)
日本英語でいう「精読」に使われる「むずかしい文」ではなく、「やさしい」語だけで
文になっているような絵本や本や、映画や、毎日の会話にたっぷり触れること、
それだけが「やさしくてむずかしい語」を会得する道のように思われます。

そうした「やさしくてむずかしい語」をたっぷり吸収した中学2年生が
「知らないむずかしい語」をたくさん含んだ英検2級に合格してしまった話は
すでに書きました。やさしい語でできた短い文(せいぜい10語くらいまで?)を
たっぷり吸収してください! 「Julie」さんのブログ、それから(何度も引用する)
内容語と機能語についての記事の通りです!!

意見や感想をメール・フォームで送ってください。待っています。

なお、そういう多読的精読ができるのは酒井さんだけではないか、という
突っ込みがあるやもしれませんが、上に出てきた「ある人」たちは
1000万語前後多読していて、4ヶ月ほど前に上の13語の文を読んで
鋭い(というか、多読的にはごく当たり前の)感想を述べてくれました。

さて、おそらくみなさんは「わたしはどう読んだか?」ということで、
テストを受けた気分になっていると思います。不快な思いをさせたとしたら、
お詫びします。もちろんそういうつもりで記事にしたわけではありません。

また、office なんていうことばは絵本や児童書にはほとんど出てこないと
思うので、絵本や児童書や「officeの出てこない本」を多読してきた人は
office=事務所 と受け取って、劇的な場面だと気づかなかったかもしれません。
この13語だけで、「自分の多読はだめだ・・・」などと思わずに、前向きに、
よし、もっともっと絵本や児童書や映画やドラマや毎日の会話でたっぷり
やさしい文を吸収するぞ! と思っていただけますよう・・・