漢字が苦手?

2009年12月15日
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実は以下の記事を書いたのは3月前です。
それからずっと本当にブログに書いていいものだろうかと躊躇していましたが、
思い切って公開することにしました。

ほかにもおなじような経験のある人が「自分だけではない」と思ってもらえるように・・・

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とっても大事なことなので、ほかの記事の頭越し(?)に書いておきます。

ある人がご自身でながいあいだ苦しんできたことについてメールをくれました。
ほかにもおなじようにつらい思いをしている人がいるかもしれないので、
ブログで採り上げていいだろうかとあえてお願いしました。
すると快く--いやためらいはあったでしょうね--でもとにかく記事にすることを
承諾してくれました。

感謝とともに、この記事が何人かの人の気持ちを軽くしてくれることを祈りつつ・・・

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<さかいさん>から「ぜひ日本語の読み聞かせをしてもらってごらん」と、
メールをもらった日の晩、<XXX>に読み聞かせおねがいするのに、
「ママ、日本語読むの、苦手なんだけど」と、はじめて、はなしてみたのです。

「漢字がいっぱいあると、うまく読めないから、読んでくれる?」って。
そしたら、XXX、「へえ、そんなに苦手だったの~」って、まじめなような、
笑ったような顔して、それから、「いいよ」って、読み聞かせ、引き受けてくれた。
以前から、何度も、わたしの苦手については、<さかいさん>や多読の仲間たちには、はなしてきたけど、でも、ほんとうのところは、自分でも、ずっと、
そのこと、認めたくは、なかったのです。。。

漢字ちょっと苦手とか、だから漢字飛ばして読んじゃってることが多いとか、
何か読もうとしても、日本語だと、よく(よほど関心のあるものでない限り)
目が行ったり来たりして、迷子になってしまって、どこ読んでるのか、わからなく
なってしまうとか、ひどくなると、ひらがなも、ばらばらになって、うまく読めなく
なってしまうとか・・・ いろいろ、いろいろ、苦手はあって、
でも、それを、できれば、認めたくは、なかったのです。

母語なのだから、読めて当たり前のはずなのに、って、
心のどこかに、読めないこと、恥じるきもちも、自分を責めるきもちも、あった。
でも、XXXに、「これが苦手」って、はじめて、はっきり、はなしてしまったら、
なんか、すっきりしました。

XXXに、日本語の読み聞かせしてもらったら、ききながら、自分でも心地よく読めて、とても気持ちがかるくなって、その晩は、なんだか安心して、よく眠れた。
日本語読むのも、もしかしたら、あんまりがんばらなくっていいのかもしれないと、はじめて、そう、思えた。いままでは、だいたいにおいて、日本語は、
がんばらないと、読めないことが多かったから、がんばらなくてもいいかも、と、思えたら、とても、きもちが、楽になりました。
もし読めなかったら、XXXに、読み聞かせしてもラえばいい、そしたらきっと、
読めるから、って、そう思ったら、心も、体も、ほぐれるようで、気がつけば、ふと目にした新聞の紙面や、電柱の広告や、お店の看板に、むずかしい漢字やややこしい文字が並んでいても、もうあまりこわいとは、感じなくなっていた。(というか、「がんばって読まなくちゃ」と思っていたときには、知らず知らずのうちに、紙面や広告や看板などの文字に、反射的に力が入って、「構え」のポーズをとってしまっていたようです。だからいつも、とてもつかれてたんだ、って、はじめて、気づいたのでした(笑))これからも、ときどき、XXXにたのんで、読み聞かせ、してもらうと、おもいます。
この三日ほど、立て続けに、読み聞かせをしてもらって、日本語の文章は、上から下へ、横書きなら、左から右へと、順番に読んでいけば、大丈夫なんだって、妙に納得がいって、ようやく安心して、そとの、日本語の文字の世界を、ながめることができるようになった気がする。
漢字も、こわがりすぎなければ、意外と、いつか、なんとかなるかも、慣れてくるかも、とか、思ったり。いや、わからないけれど。

とにかく、いま、ちょっと、くすぐったいような、うれしいようなきもちです。
なんか、おかしいですね。でも、そういうことが、あるのです。

読み聞かせのヒントくれたこと、ありがとうございました。
日本語も、英語も、スペイン語(?)も、気楽に行きます。