一つ前の記事で三人目の「ある人」のメッセージを引用しました。
その中の次の部分:
それに、絵本のBitesize Writingだと、樽に溜まっていなくても今すぐに
始められてとてもいい方法だと思います。
ぼくの感想を書くのを忘れた、と思ったら、ちょうどその部分について、
一人目の「ある人」からメールが来ました・・・
一つ前の記事で三人目の「ある人」のメッセージを引用しました。
その中の次の部分:
それに、絵本のBitesize Writingだと、樽に溜まっていなくても今すぐに
始められてとてもいい方法だと思います。
ぼくの感想を書くのを忘れた、と思ったら、ちょうどその部分について、
一人目の「ある人」からメールが来ました・・・
きのうの「ある人」の感想を読んで、
別の「ある人」がメールをくれました。
こんなのです・・・
今日の先生のブログを読んで、思わずメールしてしまいました。
「え!!この”ある人”って、まさに私のことじゃないの?」と読みながら思ったのです。
単純な私は、自分で投稿した気分になってしまいました。(笑)bitesizeを作っていると、その本の内容の理解が深まってくるような気がします。
そして、誰かに伝えたくなる!!
だからこそ、自分の好きな本じゃないと、作るきがしないんですよね。すっきりと考えをまとめてくれた、私の代弁者に感謝したい!!!と、思います。
二人の人が Bitesize Writing についてまったく同じように感じていたのですね。
それはわたしが予想もしていなかったことで、とても大事なことを告げているように思うのです。
結論だけ先に言うと、わたしは Bitesize Writing をやっぱり一つの過程としか捉えていなかった。
でも、実際に Bitesize Writing で Book Talk をやった人たちはずっと大きくて深い可能性を
見つけてくれた・・・
ときどき Bitesize Writing を寄せてくれる「ある人」から
感想が送られてきました。
これがとってもうれしかったのです・・・
発音練習は無意味です。
わたしは中学校1年のころから20年も30年も毎日何時間も
発音練習をやっていました。
わたし以上に熱心に発音練習をやった人には会ったことがありません。
で、その結果にまったく満足していません。
あるときわたしは教え子と米国人の友人といっしょに話していたときに、
「酒井さんの英語はわかるんだけなあ」と言われて、愕然としました。
何か違うんでしょう。何が違うかはいまも研究中ですが、
研究なんかしなくても英語独特の音を聞いて話せる道があります。
それがシャドーイングです。おとなの歴とした日本人が、短時間で、
日本語らしい音から英語らしい音へ飛躍するにはいまのところ
シャドーイング以外には見当たりません。
それでも辞書信仰や文法信仰とならんで、発音練習信仰もただ反対を
唱えてなくなるわけがありません。無意味な理由をもう一つ、
実例とともにお話ししましょう・・・
きのうの記事の続きです。
岡山県立図書館に向かう新幹線の中で書いています。
きのうNPO多言語多読の講座卒業生と話していて、
おとなでも頭を使わずに耳と口を直結すると外国語らしい音を出すのは
簡単だというエピソードを思い出したのです。
くわしいことは「おとながこどもに返るとき」の記事 を見てください。
この記事の「考えるな、感じろ!」という無茶な要求について
考え始めて、あらためて unlearn の大切さ、切なさを念うのです・・・