段階別読み物

Billy Elliot 映画から graded readerへ、そして社会へ、歴史へ

続きにある Billy Elliot の書評はとてもおもしろい人が書きました。
長澤洋子さんと言います。長澤さんの勤め先で英語多読の講座を
担当していましたが、1年経ったところで定年退職なさった。
そして多読講座の受講を始めたのです。

その理由は多読講座の受講生が楽しそうだったから、と。
それだけでもおもしろいのですが、Pearson Readers の
Billy Elliot を読んで、たちまちさまざまな方面につながったのか、
鋭い感想をFacebookで書いていました。

お願いして引用させてもらいます・・・

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Tadoku新サイト:新ページ 懐かしのGR!

GR すなわち Graded Readers つまり「段階別読みもの」は多読時代の
最大の貢献者でした。GRを下のレベルから読んでいって、いちばん上に
到達したらペーパーバックへ、というのが想定ルートだった・・・
2002年の多読提唱時は。

(懐かしいです。あの頃は多読用図書の推薦もすっきりしていました。)

それが今やTadoku時代へ・・・
母語話者向けの絵本やアニメや児童書や英語版のmangaも選択肢に
入ってきて、Tadoku素材の選び方はかなり複雑になりました。
そして選ぶこと自体が楽しみになってきました。

とはいえ、段階別読みものの大事な役割はまだちゃんと残っています。
あらためてGRの中の傑作を確認しておきましょう。

はじめての多読 段階別読みもの

代表的なシリーズ6つから傑作中の傑作を3作ずつ、
Tadoku仲間に解説してもらいました。
「ピンク・赤のやさしい絵本」の解説 もそうでしたが、
短いのによく練られていて、簡潔なのに大事な特長を抑えていて、
しかも文章にリズムがある! 短いからこその良さを再認識しました。
みなさん、解説をありがとう!
そして、GRばかりたくさん読むことのわざわいについても・・・

韓国語多読の会+GRの功罪

最近やっっとフォーラムに登場したみやさんは実はNPO多言語多読では長い間ボランティアとして日本語多読用読み物(GR)を作ってくださっています。
で、表題の話題で報告を送って下さいました・・・

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「モーリン」さんからメール!

このブログのいくつかの記事に感想を寄せてくれました。

モーリンさん、いつもありがとう。これからもなんでも意見/感想/疑問/注文
なんでも聞かせてください!

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いわゆるGRについて パピイさんの意見にメールが届きました。

この話題の前便に賛成意見が届きました。

酒井せんせい

GRとビジネスについて、私も売り買いや説明を読んだり、さらに学術論文を読んだりする力をつけるのであればGRはいいのではないかと思っています。

何をいくらで何個納入する、とか取扱説明書を読んだり書いたり、それから旅行のガイドブックや海外旅行先の美術館で説明を読んだり、どんな実験を行ったか、結果はどうだったか、を疲れずに読むこと、これらはGRだけでも身につく能力だと思います。
実用書、How to本、自己啓発本などの原書も読めるようになるかと思います。小説ならシドニーシェルダンは読めるでしょう。

それができるようになるだけでも、従来の英語学習と比べるとはるかにすばらしいことなので、その点ではGR多読を否定するつもりはありません。
また、テストのスコアを上げるのに有効ですから、それを必要としている場合、読みやすいGRをたくさん読むほうが多読をしないで文法や単語学習ばかりするよりずっといいはずです。

それだけできれば十分、であれば本当にGRだけでもいいのだと思います。そしてそれで十分の方はたくさんいらっしゃると推測します。

そこでパピイさんは、GRは多読が企業向けに打って出る一つの突破口だと言うのでした。
まったくその通りだと思います。その点はわたしだけでなくこの人も賛成なのだけれど、
GRについてはもう一言言わずにはいられないようです。

GRだけの多読でもつく能力に共通しているのは「感情を読み取る」必要が少ないこと、「共感」「想像力」をあまり必要としないことです。

自転車の補助輪になぞらえて早くはずしたほうがいい、と言ったのは
本当に読みたい英語の本があって、それが読めるようになりたくてGRの本をたくさんたくさん読んだのに結局読めない、あんなに読んだのに、という悩みを聞いたことが今までに何回かあったからです。

わたしもそういう悩みを持つ人にかなりたくさん会っています。

私の印象では、GRばかり読んでいると多読自体を結局やめてしまうことにもつながりやすいようです。(学校の「多読」で嫌いになるのもこの感じ。友達や知人から、お子さんが学校で英語多読をやっていて、でも機械的にGRを読まされてちっとも楽しくないという話を聞くようになりました。)

はい、その点も同感です。これからは「多読があるから英語は嫌いだ」というこどもたちが増えると
予想しています。その一方で、多読は robust and resilient (したたかにしてしなやか) なわけで、
素朴な多読の底力と、変形多読の毒と、どちらが強いかで、数年後の多読に対する評価が
決まるでしょうね。

そろそろ、「多読をはじめた人のその後」の追跡調査をする時期なのでしょう。10年続けて当たり前になっている人、どんどん世界を広げている人、途中で挫折した人、百人百様だと思われます。
例えば、電気通信大の先生の学生さんたちのその後はどうなのでしょう?

多読を始めた人のその後を追跡調査! うーん、なんという発想・・・
なるほど、です。そうですね、そろそろそういう調査が必要かもしれない。
NPO多言語多読のフォーラムやわたしの周りには「うまくいった人」が集まる傾向があります。
「うまく行かなかった人」について調べたいのはやまやまなのですが、
そういう人たちのことは伝わってきにくいのです。

ただ・・・、ただ・・・、わたしがブログなどで「うまく行かなかった人」の様子を見たところでは、
やはり多読のよいところを邪魔するのは、学校英語、試験、理解度、正しい/間違っている、
「お勉強」、単語暗記、文法問題集といったところのように見ています。

そしてGRはそうしたものにきわめて近い・・・ように思える。
でも、そのあたりをもっとしっかり確かめたいし、
わたしの感触は間違っているかもしれないので、
まだまだGRについてみなさんの意見を知りたいです。

連絡先は次の通り!twitter: kunisakai
Facebook: 酒井邦秀
Skype: skunihide
メール: info atoma-ku tadoku.org

よろしくお願いします!