学校英語を洗い流す

『日本人高校留学生たち」 カナダの学校から

簡単に「多読」と言っていいかどうかわからないので、こんな件名にしました。

カナダに来て1年半の日本人高校生は何が足りないか?
高校生で英語国に1年半滞在すれば普段の会話には困らなくなっていると思われますが、
高校レベルとはいえ普段の勉強に伴う「アカデミック・リーディング」にはどうしても
「読む力」が必要なようです。

文法問題集をたくさんやっても、実際に英語を使う環境では役に立たない場合がある--
そういう意味では「学校英語」の批判でもあります。

なお、次の締め切りに向かってアップアップなのでコメントは最少限にして、
印象的だったところを太字にしてあります。
また、ESL は English as a Second Language (英語国で移民が学ぶ英語)
EFL は English as a Foreign Language  (非英語国で外国語として学ぶ英語)
としておきます。二つの間には違いがいろいろあると言われていますが、
区別しない人も多いようです。

酒井先生へ

お久しぶりです。
現在カナダに滞在中のマサミです。

ちょっと切ない現実についてお伝えしたいと思い、メッセージを送ります。

今回のお題はこちらの『日本人高校留学生たち』です。

既にこちらでの滞在が1年半を超えた留学生たちですが、残念ながらESLでも落ちこぼれています。あまりの英語のできなさに愕然とし、色々話をしながらESLも含め彼らの過去の英語の学習などをリサーチしたところ、やはりガッポリ抜けている部分が彼らの英語力上達を妨げているのでは、と感じています。

それは簡単な本の多読です。
こちらの高校のESLの先生の部屋に行って最初に思ったことは、『こりゃダメだ』でしあ。何しろ生徒が読めるレベルの本が一冊もないのです。少しだけ本が置いてありますが、明らかに読む指導はされていない、とおもったため、先生に授業の内容を尋ねました。基本はボキャブラリーと文法指導だということ。それ以外の授業ですと、通常の英語の授業になるのでご想像の通りネイティブの子たちの受けているような英語の授業についていけるわけもありません。

仮に辞書を引きながら課題の本を読んだところでチンプンカンプンでしょう。ESLでは本を読む宿題も出されたことがなく、過去に一冊の英語の本も彼らは読んでいませんでした。

いくら習うより慣れろと言っても、日常生活で聞き、耳で覚える英語には限界がありますし、ルーティーンの会話では出てくる単語も決まっています。それと高校レベルのアカデミックな内容の英語ではあまりにも開きが大きすぎで、どうにもならないレベルで停滞していることは明らかです。

ですが、本人たちは自分たちの学習法に問題があると思ってはおらず、いずれ近い将来[ニア・ネイティブと]同じくらいの英語力になると思っているようです。(もちろんたくさん本を読めばできるようになるのですが)

方や小学校息子のESLの先生は多読が基本と言うか、多読のみです。オンラインの教材を使って子供たちは自宅で毎日各自のレベルの本をどんどん読み進めていきます。これは音声で読み上げてくれますし、読んでいる箇所がハイライトで映し出され、目で追いながら読んでいくことができます。

この教材はかなり最初のレベルからアカデミックな内容がふんだんに盛り込まれていますが、単語のレベルは極めて易しく、アカデミックな物を子供に分かりやすい、読みやすい表現で書かれています。レベルが真ん中以上になりますと、ぐっと読みごたえもあります。

各レベルが40冊、A~Zまであるのかな?とにかくかなりの量がありますし、小学校の図書室がとても充実していて、英語学習者だけでなく、地元の子供たちにもふんだんに簡単な絵本が用意されています。

この小学校の留学生、移民の子供たちは半年ほどでまったくのゼロからでも英語力は完全に日本人高校留学生を抜いていしまっています。

人はきっと年齢が低い方が吸収が早いとか思うかもしれません。もちろん小学生と高校生では求めれれるものも違うのですが、実際の英語を素直に理解する力を比べても圧倒的にこの『とにかく多読』『どんどん多読』は明らかに日常会話の英語とアカデミックな学習での言語との差を縮めています。

こちらの小学校で納得したのは、作文に関しても全く先生は間違いを指摘しません。いわゆる赤ペンで添削するようなことはなく、子どもの暗号のような文字を読み、難解な文章に丁寧にコメントを書くにとどめています。やはりこちらもどんどん書く。です。

通常の小学校4年生のカリキュラムでも軽く100ページは超えるような児童文学を(けっこう難しいです。)年に4,5冊は授業で読みますし、一日の中で少しでも隙間があると、『自由読書タイム』となっていて、子供たちがさっと本を取り出して読み始める光景に驚きました。

今日本の小学校の国語で児童文学を年間に一冊でも授業で読む学校がありますかね?

やはりどんどん読むですよ。

日本人高校留学生の子たちは小学校にもどってこの(小学校の)ESLの先生についた方が良いのではないかと思いますが、本人たちが何も問題だと思っていない以上私は手を出すことはできないので静観しています。

それにしても留学生の子たちの苦難は見ていて忍びないです。

人生の中でそれなりの年数をかけて英語を勉強した来たものの、誰一人として指導者が本を読む指導をしていない。こちらに来て、既に1年半もたっているのに、一冊の本も読めていないんですよ。そりゃそうですよね。彼らがイメージするような本は難しくて読めないから、読まない。という事ですよね。多読が良いとか悪いとかそういう事ではなくて、読みたいと思うんですよね、全く読めないのは辛いじゃないですか。

高校のESLの先生は日本の中学で勉強してきたはずの彼らがあまりにも英語が伸びないので悩んでいますが、これも難しいところ。外国人の私がバイリンガル教育の最先端のカナダの専門家に意見することなんて許されることではないので、話をしながら苦笑していましたが、先生も何が足りていないか分かっていないんだなぁ。これがこの留学生の悲劇よね。と思っています。

ワークブックで文法を勉強をする事しかしらない彼らにとっては簡単な本から始めるというような学習はきっと思いつかないのだと思います。

それにしても息子の小学校の先生はすごいですね。
ここの学校はちゃんと図書室に司書の先生もいて、読書活動が盛んなのを感じることができます。

簡単な本をたくさん
好きなものをたくさん
面白いものをたくさん
興味のあるものをたくさん

それ以外はないとこの学校の司書もESLの先生も言います。
(何を質問しても『好きな物どんどん読んで♪』しか言われません)
素直に物を考えればそうなるのに、日本でもカナダでもまともな言語指導をされていない留学生を見ているのは本当に切ないです。

そっちょくな感想です。

日本の指導者は
ESLとEFLは違うし、
ましてや英語圏の子供たちとはまるで違う。

と言いますが、

前からずーーーーーと違和感がありました。

そんなことないです。
全部一緒です。

音声が、単語が、文法がとか色々言われますが、どこまで行っても、まずは英語そのものを理解するだけの量を体が消化してからの話です。環境や個人差でかかる時間は違うでしょうが、プロセスは大人も子供もネイテティブもEFLも一緒です。

もうここまでいろんなケースを見ると確信します。

作文をまったく添削しないで、子どもの読みにくい文字を読んで、感想を書く--
これでなきゃいけませんね。

最後は太字にするのに力が入ってしまいました。
まだまだマサミさんが書いていることを日本の英語の先生に納得してもらうには時間が
かかることでしょう。いや、ごく一部しか納得してもらえないかもしれませんが、
その一部の先生のためにがんばります。

おっと、マサミさんにはカナダのESLの先生を説得してほしいですね。ぜひ!

それにしてもあちこちから寄せられるメールやメッセージだけで、ブログの材料は十分ですね。
それもまた、すごいことだ!

学校英語を洗い流すために・・・ 試験の話題に反応たくさん!

この話題の前便は英語の試験のひどさについてでした。
その記事をFacebookで紹介(リンクともいう)したところ、
これまでで一番多くのコメントが・・・
それを一挙に引用して、きょうの投稿とします。

Sさん:あー。見るだけで疲れる~。

Qさん: この日本語訳でマルがもらえたのでしょうか?

Yさん: このくらいなら、マシです。もっと恐ろしい現実があるんですよ〜。和文英訳で、教科書に載ってる英文以外は、×どうなっちゃてんだよ!!!!と思うことばっかり。笑ってられません。

Sさん: 大丈夫(*^_^*)ある意味、まったく役に立たないから多読やらでザーッと洗い流せます。わしがそうだも〜ん嘆いてもできないものはしゃあないんちゃうかな。先生方も英語ができるイコール日本語訳の概念抜けてない人が多いでしょ。変わりません。

Yさん: 全く役に立たないものに、何分でも費やすことの矛盾に気がついてしまった子達は、辛いですよ。そりゃ、記憶するだけですぐ忘れますけど、その失われた時間を考えると空しくなる方が、健全だと思います。英語なんて見るも嫌になった子は、多読は絶対やりませんし。

Sさん: 虚しくなるのはわかります。自分もそうでした。ただ、英語学習からアプローチせずに読書から英語に入ったわたしはラッキーでした。絶対やらないとは限らない少ない例かもしれないけど、英語を違った角度から見る方法の一つに多読があると思います。

Yさん: 読書スキだと、多読初期に内容的にあまり面白くない本しか読めない時期が乗り越えられないようです。英語を見るのも嫌だという状態では、何を見せても無理なのでね、内容の問題でもないかもしれません。皮肉なことに、自分の娘が例を見ない程の英語アレルギーになるとは。失笑です。トホホ。面白そうなyoutubeを見せたり、かっこいい曲を聴かせたり、普通にバイリンガル環境を作ってたんですけどね〜。テストの度に英語で楽しむことも嫌になってきています。学年でワースト3になったのは、流石に本人もショックだったようで、学校からも「このままですと高校進学(付属校なので)出来ません。」っていうお手紙までご丁寧に頂いて。他の教科で英語だけはまかなえないのです。最低ラインがあって、それを超えないと進学出来ない。ま〜、中学で人生決められるもんか!と思って受験を覚悟してますが。。。嘆いても仕方ないけど、お日様燦々降り注ぐビーチでのんびり寝転がってうたた寝をしていたら、いきなりバケツで頭から氷入りの冷水をかけられたような感覚です。lol

Wさん: 前に甥の英語のテストを見せてもっらたことがありますが、それも出題文の意味が判らなかった。親戚のイギリス人がその英文を見たらこんな英語は見たことがないよと、言っていました。

酒井 邦秀: みなさんの反応の良さにびっくり! この話題はしばらく続けましょう。ほかにもほんっとに酷い問題がいっぱいあるんだから。あ、お持ちだったらぼくに送って下さい!! みんなで嗤いましょう、そして泣きましょう。

Sさん: もっとひどい、つまり私が学生だった頃から変化なし?しかも小学生から英語あるんだっけ。う〜ん。

Yさん: なんか後退してると思います。和文英訳ほど、選択肢が多くなるはずが一つしか答えがないって。。。。小学校では。。。これ以上は言えませんが。。。。

M. S.さん: 日本語に翻訳じゃないが、英語に翻訳すると、”Students in America don’t clean their classrooms.” 英語でSVOは基本です!そして”The signs were in Chinese”

Kさん: わあああーっ!! 今でもこんなことが?!?!?
だいたい問題の日本語をしゃあしゃあと書いてる先生、日本語多読にきてください!!こなれた日本語教えます。
これで思い出したことがあります。
どこだか忘れたけれど、ガイドが日本語に通訳している凄まじくおかしい日本語、子供達がおちょくってた。それは、
いまから、少し休憩します。トイレのほういかれる方はいかれてください。コーヒーのほう飲まれたい方は飲まれてください。
です。おれ、コーヒーになんか飲まれたくないさってね。
英語と違った話でごめんなさい。娘が英語の教師だから、変な例ないか聞いてみます!!

Nさん: 先生の言う学校英語が具体的にどう不自然なのかとかどう悪いのか、実はいまいち掴めていなかったんですが(問題文の奇妙な日本語は明らかですが)、

そうかペーパーバックなどのネイティブのことばに出てこないような言い回しをいうのですね。最近ここらへん関心強いです

酒井 邦秀: Sさん、英語嫌いが小学校から始まる・・・

Kさん: これで英語好きになったら奇蹟だ!!

これほど反響が大きいとは思いませんでした。
ぜひみなさん、おかしな試験があったらぼくに送ってください。
写真を撮って送ってくれたら、うれしいな!

学校英語を洗い流すために・・・ 今の学校の試験は?

学校英語を擁護する人たちは、たとえば大学の先生だったり
(OreRyuSJさんのブログに登場する「破綻4人組」などなどなど・・・)
中学・高校や予備校の先生だったり、自分の受験時代を懐かしがる
(そして正当化したがる)一般社会人だったりしますが、
そういう人たちは、学校英語の試験がどれほど珍妙かつ奇天烈、
非現実的なものか、ご存じない・・・

大学の英語の先生は中学高校の授業の実際を知らないし、
中学高校の先生は授業や試験で扱う英語が奇妙だと言うことを知らない。
一般社会人で学校英語を擁護する人は少ないでしょうが、
擁護する人は現実を知らないか、知っても奇妙さが分からない・・・

で、実際の学校英語の試験というものはほんとに唖然として、
笑い転げて、そのうち気持ちが暗ーくなって、何もかも放り出したくなる
くらいひどいものなのです。

最近ある多読仲間のお宅に招かれて、中堅進学校の中学生向けの
試験を見て、そういう例を集めたいと思い始めました。
奇妙さの分かる人にしか伝わらないとは思いますが、
分かる人が学校英語批判を強めてくれたらいいな、という趣旨ですね。

では、写真を見てください。

写真

写っている部分は「能動態を受動態に書き換える」という、
おそらく100年以上前から姿も形も変わらない「定番」の問題ですね。
写っている試験は昨年12月!

どれもこれもおかしな問題なのですが、中でも・・・
*上三つの回答が by … という答えを要求しているのは非現実的です。
主語+be動詞+動詞の過去分詞+by+行為者 なんていう形は
何冊ペーパーバックを読んだって、まず出てきませんよね。
まったく出てこないって言うことはないでしょうけど、基本的には
日本の学校英語が作り上げた 恐竜的、ガラパゴス的英語ですね。
*下から二つ目の問題 Is your father loved by your family? って、
あまりに突っ込んだ質問過ぎませんか? 「あんたのお父さん、家族に
嫌われてるわけ?」というようなやりとりになりますよね?
それを試験の問題にするかなあ? この問題を作った先生は、
英語が実際に使われる場面や気持ちを思い描けないから
こういう質問をひねり出せるんでしょうね。

鉛筆で答えを書いている中学2年生はたいしたものです。
こんな問題たちに負けてはいません。

写真2

 

拡大して読むとわかりますが、いわゆる受動態の「定番」の答え方はしていません!

いいなあ! すごいなあ!!
この問題の狂気の中でしっかり正気を保っている!!!
4 の日本語文はすべて普段通りの普通の日本語です。
それに比べて、5 の日本語文のひどいこと・・・!
(「その水はトムの友達によって飲まれました・・・正気ですかあ!?
暗くなるしかないですね・・・)

こういう中学生が普通の正気をなんとかそのまま伸ばせるといいのだけれど・・・
(実は両親がかなり独自な人たちなので、心配はしていません。
あとは学校でどんな圧力がかかるか、ですね・・・)

学校英語を洗い流すために・・・ シャドーイング+蘊蓄篇

とどのつまり、わたしの書くことはほとんど全部「脱学校英語」についてなのですね。

ま、それはしょうがない。
世の中のほとんどは学校英語の被害を受けている人なので、
学校英語を洗い流すことができるだけ自然な英語になじむための一番近道ですからね。

で、学校英語の音にすっかりとらわれていた人が、突如抜け出しました。
以下はその報告です。

酒井先生

こんにちは。

17日の金曜講座で聞き読みシャドーイングを先生に聞いていただいたら、

「前回(12月20日)と比べてすごくよくなった」と言われ、私自身とてもびっくりす
ると同時にうれしくなりました。

シャドーイングが苦手で、はじめて講座でやった時も、
本当に一音も声を出す事ができなかったことをよく覚えています。

その後も先生の勧めで劇薬シャドーイングもやってみましたが、
頑固な耳が開かなかったのか、正直言って手ごたえを感じることができませんでした。

シャドーイングを「始められない」ことはよくあります。
速い速度で襲ってくる耳慣れない音に固まってしまうようです。
金曜日のYさんもきっとそうだったのでしょう。
でも、手応えを感じないのにしばらくやってみて、劇薬シャドーイングから
速い英語に移りました。

早いスピードの英語のシャドーイングに移りましたが、
先生に聞いていただくと、「英語でない音が含まれている」とのこと。

たしか英語30パーセント、そうでない音70パーセントという悲惨な評価だったよう
な。

大学で習ってきたのは何だったの?「英語でない音っていったい何!?」

シャドーイングを面白いと思うことなく、しだいにfade outしていきました。

講座のほかのメンバーさんたちはシャドーイングの練習を続けているのを横目で見つつ、私は好きな本さえ読めればいいわ・・・とあきらめムードでした。

それは無理もありません。おもしろくなくて、手応えも感じないのでは
続ける気持ちになれないのは当然です・・・

でもそのままにさせておいてくれないのが酒井先生。

12月に入ってから、強制的に聞き読みシャドーイングが始まりました。

ORTのstage 6から選んでやってみましたが、簡単な文なのにCDと同じように読めない私。

ところどころつっかえてしまいリズムよく読めないのです。

先生は、『マクドナルドの法則』や『なんたらマティーニの法則』(すみません、正
確に思い出せません)を説明してくれましたが、

法則は理解することができても、自分の読み方のどこがその法則に沿っていないのかピンと来ない始末。

ふ~、ため息が出るほど頑固者なのです、私。

こちらも頑固者です。あらゆる方法でcrackしようとします。
(そういえばかつて「半田くん」に「せんせーは強情だから」と言われたのを
思い出します。そうなんだ、ぼくは強情なのか・・・と心に残りました。)

でも事件はその直後に起きたのです。

look

looked

はどう聞こえるか?

両方ともlookなんだって・・・え~うそでしょ!

try

tie

はほとんど同じように聞こえるって、本当なの?

耳障りな音sの音が弱いと指摘され

何度stopって発音しても先生からOKをもらえず・・・

Couldn’tの発音に注意するように言われても

40年くらいこの発音でやってきたんですけど、私・・。

などなど。

とにかく次から次へといろいろな例を聞かされて、頭をがぁんと一発やられたぐらい
の衝撃を受けました。

家に帰って早く音を出してみたくてしょうがなくなり、湯船につかりながらひたすら
発音し続けました。

それから3日間くらいは、何かにとりつかれたように常にぶつぶつtie try die
dry・・と声に出していたように思います。

その時やっと、子音と子音との間に母音を挟んでしまっていた自分の癖に気付いたのです。

お見事! それはなかなか気づきにくいのです。

それも当然ですよね。stop の s の音が出ていない!なんてことは
だれも言われたことがないでしょう。s の音なんて、注目する先生は
いませんからね。

でも、Yさんの場合、 この S の音が転換点だった・・・

そして再度ORT Stage 6を聞き読みシャドーイングしてみました。

子音と子音が繋がっているところがあると、なんだかうれしいという変な感覚。

そしてCDについていけないところやリズムに乗れないところは、思い切って発音するふりだけにしてみました。

以前よりもらくに読めることに気づき、一気に聞き読みシャドーイングが楽しくなり
ました。

文を見ながらのシャドーイングなので、どの部分をとばしたらよいかが分かるように
もなりました。

以上が、お正月休みに起こったことです。

英語らしく読むことに対し、少し欲が出てきたところです。

次回講座で、「あれはやはり幻だったのか」と先生に言われないことを切に願っています。

Yさんの変化はあまりに劇的だったのです。それで、わたしは
「これは夢かもしれない。次回は前のようにカタカナ音70%に戻っているかも
しれない」なんていう、ひどいことをYさんに言ったのです。

いや、もちろんそうはならないという確信はあります。
けれども、不思議なことが起きたという気がします。

シャドーイングではkatobushiさんがひどくはまって先頭を走っていましたが、
先週の金曜日には一気にkatobushiさんに追いついたと思いました。
わたしはYさんに、「なぜこの人に劇薬シャドーイングを勧めたのだろう?と思うくらい
英語の音になっています」と言ったくらいでした。

わずか3週間ですよ! こんなことがあるんですねえ・・・

まだよくわかりませんが、Yさんの場合、劇薬シャドーイングは効かなかった。
速い英語のシャドーイングも効かなかった。そこへ「強制的に」
聞き読みシャドーイングをやってもらって、ついでに英語の音と日本語の音の
違いについてひとくさり蘊蓄を挟んだ・・・それがよかったようです。

(水曜多読講座では、Uさんに劇薬シャドーイングの道を、
Nさんに蘊蓄の道を歩んでもらっています。)

だれにでも「強制聞き読みシャドーイング+日英の音比較」が効くとは
思えませんが、この組み合わせで劇的な変化があることもあると・・・
これはぜひ覚えておきましょう。

さあ、残るは金曜講座の強者Aさんです。
どうやってAさんを攻略するか・・・ わたしは強情ですからね。
まだまだ頑固に攻めます!

でも、どうやって・・・?

学校英語を洗い流すために・・・ 別れ際の一言 Good-bye篇 続

この例も「もう会えない(かもしれない・・・)」場面です。

Downton Abbey は何人かはまっているひとがいますが、
(わたしも・・・!)イギリスのテレビ・ドラマで、なんともまあ巧みに作ってあって、
見所がいくつもあります。その話は最後に付け加えましょう。
いまは20世紀初頭のイギリス上流階級の一族を巡る大河ドラマとだけ理解してください。

先日、このGood-byeの話題があってから、

Downton Abbeyの未視聴分をひたすら見てたら、耳に飛び込んできました。

Series 2の第1話目。

フィアンセを連れてDownton Abbeyに戻ってきたMatthewが戦場戻るとき、駅に見送り
に来たMaryと交わされた別れ際の会話の中。(このシーン、かなり好きなのです)

自分に何かあったら、母親とフィアンセを頼むとMaryに伝え、Maryがもちろんよと答
えたあとで……。

Mary : Good-bye then. And such good luck.

Matthew : Good-bye, Mary. And God bless you.

その後、Matthewが汽車に乗り込み、ホームを出て行く汽車を見送るMary….。

Matthewは戦場に戻っていくわけで、その後、会えるかどうかはわからないというシ
チュエーションかなと思います。

見ていて、あっ!と思ったので。

お知らせまで。

「その後、会えるかどうかはわからない」ので、Good-bye. と言い、
God bless you. と祈ったのですね。

みなさん、こんな風に Good-bye が使われた場面を見つけたら知らせてください!

で、Downton Abbey の見所ですが・・・

*昔の領主屋敷の内部をつぶさに見ることができる!
(できればBlu-ray がいいんですが・・・)
*貴族の家庭と人間関係を覗くことができる。
*Upstairs, Downstairs つまり使用人の世界と人間関係を覗くことができる。
*Upstairs も Downstairs も人物像が多彩で「立っている」
*20世紀初頭の歴史を覗くことができる。
(タイタニック号の事件、第一次世界大戦、電話の登場、階級の変化、
アイルランド独立運動、女性解放への流れ、労働者階級の苦しさの一端、
荘園経営の変化 なんと盛りだくさん!)
*役者がうまい! これはもう絶望的にうまい・・・

ついでに・・・

*ことばはかなり明確に話しています。
*毎日、Dinner の時には着替えるんですね。知らなかった。
白い蝶ネクタイか、黒い蝶ネクタイかも意味が違うらしい。
*そういうわけで「字幕なし多観」の一つに加えてはどうでしょう?

なお、100年前が舞台だから Good-bye. と言ったわけではありません。
そのことは次の記事で・・・