学校英語を洗い流す

学校英語を洗い流すために 間者猫さんのブログから・・・

【雑記】belongは”所属する”ではない一例。

酒井先生のブログで”belong”が紹介されておりましたが、
今読んでいる”The Lock Artist”で出てきましたので紹介を。

16章の最後のところです。

Lucy was saying something to me.
I leaned in closer to hear it.
“You’re one of us now,” she said, her lips touching my ear.
“You belong to us.”

You belong to us…

これはもう、belong 冥利に尽きる(?)というか、こんなことを
好きな女の子に耳元で囁かれたら、たまりませんね。
「いいですよ、どこまでもついていきます!」って、尻尾をふってしまうでしょう。

でも、この物語 The Lock Artist では、この one of us からとんでもない展開があり、
それでも Lucy のことはひとときも忘れないのですが・・・

間者猫さん、ありがとう! 元の記事は・・・

http://kanjanekotadokist.blog39.fc2.com/

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学校英語を洗い流すために ザ篇

まずいただいたメールから・・・

え? 「the」が…日本語の…「その」??
そんなこと考えたことなかったので、「追補」というのをみて、
まったくわけがわからなくなってしまいました。まいったなあ。

強者ですねえ・・・ 普通(って、何だ?って話ではありますが) the といえば 「その」でしょう!
「そんなこと考えたことなかった」という人は少ないと思うなあ・・・

(学校英語の影響を見事に抜け出ているのかな? だとすればおめでたい!)

英和辞典にはおそらく 「その」と最初に訳語(!)が挙げてあって、
それから説明として「特定の、既述の」とか書いてあるはず--それが「普通」ってもんです。

もっとも the を辞書で引いたことがある人はまずいないでしょうね。
学校で 「その」と習っているから。そして何度も繰り返されるから、普通はもう自動的に
「その」だと思っていて、辞書なんか引くわけがない。

the を辞書で引く人っていうのは相当な英語ヲタクで、ひょっとすると文法書なんぞも
調べて「特定の、既述の」というような説明を覚えているかもしれない。
「最初に出てきた時は a で、二度目は the を使う」なんていう説明も覚えているかも!

でも、「その」で済ませていいのか? 「特定の、既述の」は当たっているのか?
そういう学校英語の理解に害はないのか?
害があるとして、実際の英語に触れたり、多読・tadoku・多視聴したりして害が薄まるのは
いつなのだろう?

「学校英語を洗い流すために」という話題はそういう方向の関心なのであります。

酒井先生、こんばんは!

ブログを読み、書いてみたくなったので書きました。
思いつくままなので、読みづらいかもしれません。
またこれが、あってるとか、あってないとかは(正解不正解は)どうでもいいです。
そんな感じで、よかったら聞いてください。

まず思うのは、the には仲間がいると思ってます。
some だったり。(ちなみに any は a の仲間)
あとは you, he, she, we, they なども、the の仲間だと思ってます。

↑ ここは非常に鋭いと思いますね。この人が多読を始める前にほぼゼロの知識から
始めたことを考えると、辞書を引かない、文法を学習しないことがどれほどの
「洞察」をもたらすか、毎度のことながら天地がひっくり返る思いがします。

(なお、any は a の仲間、というのも非常に鋭いなあ・・・
ただし、some が the の仲間ということはわたしにはよくわかりません。
わたしの理解がついていけてないのです。)

どこが仲間なのよ?と言いますと。
これらの言葉が持っている距離感というか、そういうものが同じように感じます。

たとえば自分がいて、その自分を取り巻く空間があるとします(パーソナルスペースみたいな)。
その空間において、自分が(自分たちが)、認識しているもの?関知?既知?共有?しているときにこれらを使うんじゃないかなあ。たぶん。きっと。
(逆にそこから離れてしまうと、 a だったり any の範囲になるのだと思います)

これも非常に鋭いとわたしは思います、いまの段階では(わたしの意見なんて、
いつ変わるか分かったもんじゃない!)。

あとで書きますが、特に「自分が(自分たちが)認識しているもの」というところは、
わたしが学校英語に触れ始めて20年くらいかかってやっと得た理解と同じです。

ほんとに英和辞典や文法はやらない方がいい、世界中にこのことを伝えて下さい!

そして英語という言葉において(あるいは英語が母語の人において)、
この、「自分がいて(自分が在って)」という感覚ってすごく原点(コア?)な気がしています。
だからわざわざ the なんて言葉が出来たんじゃないかなあ。
なんだか適当なことばっかりの大風呂敷ですみません。でもそんな感じです。

ニュアンスくらいは伝わるでしょうか。ダメかな?
でも言いたかった気持ちは満足できました(笑)。

そして、英語ということばでは「自分がいて」という感覚が原点、というのも、
今のわたしにはその通りだと思います。このことは以前の「町の名前をひとつ」でも
ぜひ書きたかった「直接話法と中間話法と間接話法」なんていう話題にそのまま
通じると思います。

そういう風に、ことばの仕組みのある部分(たとえば the の役割)は、
話法なんていう話題にも通じていて、ある部分だけを話題にすることはできないのでは
ないか? これはわたしの何年来のテーマであります。
それはちょうど、一語を採り上げて意味や役割を論じることが意味がないのと似ているのではないか?

いくらでも長くなるので、続いて独眼龍さん・・・

酒井センセー、こんにちは

今度は the ですか。

これは、1~2度、酒井センセーの説明を聞いた気もするけれど、
腑に落ちなかったのか、記憶力がないのか、覚えていません。

これが分かるようになれば達人でしょ、と思っているくらいで
ほぼ何も書けないのですが。

という長い言い訳の後に、短く、現在の私の“とりあえず平和に過ごす
ための理解”を書いておきます。

the は、(つづく単語に)とりあえず一目おけよ、というマーク。

もう一度説明したんだから、とか
この後説明するから、とか、
常識として知っているべきなんだから、とか、
一般化してるんだから、そんじょそこらの1つと一緒にするなよ、とか。

たから、theが出てくると、一応構えて、なんで一目置かなきゃいけないのかな~?と
読み進めるって感じ。まぁ、theなんてたくさん出てくるから、そんなに大げさな
ものじゃないけれど。

やっぱり、難しいです。
が、現状はこれでやり過ごしている 独眼龍でした

「なんで一目置かなきゃいけないのか」--そこが最大の問題でしょうね、思うに。

たしかに the は 「とりあえず一目おけよというマーク」だと思われます。
マークといって分かりにくければ、宅急便の包みにぺたっと貼ってある
「割れもの注意」 なんていうラベルですね。

次のAKさんは as についても書いてくれたのだけれど、
そこはこの話題では省いてしまいます。ごめんね。
(でも、as をネットワークの矢印とは考えたけど、時間は考えなかった
というところなるほど、と思った>AKさん)

theについて。
これはもっと言葉で説明ができない。(^^;
とにかくtheがついたら、それは
“誰かにとって有名なもの”なんだと思ってます!
誰かっていうのは著者か話し手あたりかな。。。
その誰かの頭の中では、theのついた物体が思い浮かんでて、
「知らないの、これ?」と言わんばかりの気持ちが入ってると
私は勝手に解釈してます。(笑)

わたしの理解、最初のメールの主の理解と似ている気がしますね。
「知らないの、これ?」と言わんばかりの気持ちっていうところは
独眼龍さんのマーク論とおなじでしょうね。

そうだとわたしも考えています。 the はマーク、ラベル、標識なのですね。

じゃあどういう標識かというと、

 「この the のついたものはあなたが指させるものです」

という ラベル・標識・マーク なのですね。あ、最近はフラッグというのかな?

つまり、情報の送り手から受け手に 「これ、あなたは知ってるものだからね!」と
注意を促しているわけです。

最初のメールの主が書いているように、a は 「指させない」のです。
the apple はそれを聞いた人、読んだ人が「ああ、あれのことね」と
「指さす」ことができますが、
an apple は 「指さす」ことのできない「いわゆるひとつの apple 」つまり
そこらにある apple の 「どれでもいい」 わけで、そこから

the の役割を「その」にしてしまうと、ほとんどの場合に意味が通じなくなります。

そこで英和辞典にも 「普通は訳さないことが多い」なんて書いてあったりする。

でもね! the は英語でいちばんよく使われる語なんですよ!!
エドガー・アラン・ポー の 「黄金虫」 だって、暗号を解く最初の語は
the だったんだから!

英語でいちばん大事な語といったって、いいかもしれない!
それを「普通は訳さないことが多い」なんて、辞書の役割を放棄しているとしか
思えない! (いや、放棄しているのではなくて、それでは不足だということを
知らないくらい辞書制作者は無知なのですけどね。)

the の果たす役割を誤解した上で 英文解釈 だとか、 読解 だとか、
そりゃ、ないでしょ・・・!

さて 、今回のお題では、「学校英語のしつこさ(katobushiさんのことば)」がかなり
典型的に出たと思います。なにしろわたしは一生懸命お勉強をして、それでも
the の役割が少し分ってくるまでに30年以上かかったと思う。

次は the ついでに、 it ! どうだ!!

it は 「それ」 ですか?

そう思う人も、思わない人も、メールをください。宛先は info あっとまあく tadoku.org です。

では、お便りを待っています!!

学校英語を洗い流すために 先生は洗い流せるか?

学校英語の先生を洗い流せるのか、ということであります。

Aさん:
でた~~@@ ある生徒の学校も、高校から大学に入るには、英検2級かTOEIC Bridgeを(何点か忘れた)取らなきゃだめだって~~!!外部のテストで決めるな~~!!学校のプライドはないのか~~~!マッタクモォ!><

Bさん:
それで会社で急に英語が必要になりあわてる、という図式?なんでこのダメダメシステムに気づかないか。

Aさん:気づいてる人は実際につかうはめになった人。教師はたいてい実際には使わない人ばっかり。だから永遠にこの鎖はとけないんだよ。実際に仕事で英語を使ってたら、どんだけ役立たないかわかるって。学校の先生は学校英語しかいらない。英語の仕事した経験無くてもテストがよければなれるんだもん。その世界しか知らないわけよね。よしんば英語で論文書くような先生であってもさ~、論文英語しか目に入らなかった同じこと。実際仕事で、スカイプやらなんやらで、スピード命だったり、コミュニケーション潤滑油英語が大事だったり、母語が英語じゃない人たちとの仕事をがんがんやってみなさいな。考えなきゃ読めない、かけない、喋れない学校英語なんて通じるわけもないってことがわかるから。

その辺がね~。ほんと矛盾だよね。実際に英語を使う人は、学校の先生にはなろうとしないよ、普通。困った矛盾だよ~。学校の先生が英語をちゃんと使うようにならない限り日本の英語教育は変わらないね@@

Bさん:
そして、先生たちに英語を使わせるのがまた大変なわけだ。未来が見えてこない〜

厳しいですね、二人とも。けれどもどの発言も当たっているとわたしは思います。

Aさん、Bさんによると、先生方が学校英語の不毛さに気づくには

実際に使ってみるしかない!

と・・・ その通りですね。
ところが「実際に英語を使う人は学校の先生にはなろうとしない」わけで、
「使う」ことは不得意だけど「英語の試験」の点数はよい人たちが英語の
先生になっているのですね。

世の中に英語について書いている人は多いけれど、実際に使っていたら
こんな悠長なこと書かないだろう、主張しないだろうという人が多いですね。

どうしたら英語の先生に英語を使わせることができるのか?
ニワトリと卵というか、鍵の入った箱に鍵がかかっているというか・・・

かかずらっていると時間ばかりが消えていく。その間にも子どもたちは
ひどい苦しみや、ゆえなきつらさを味わっている・・・

学校英語を洗い流すために 今週のお題について追補

みなさん、もう the について考えて下さっているようで、
すでにメールが二通、届いています。

届いていますが・・・ お題の出し方が簡単すぎましたね。
ちょっとだけ具体的にします。以下の趣旨でメールをください!

*****************************

the の役割は日本語の 「その」 と同じだろうか?

*****************************

上のお題を見て、すぐに何か考えが浮かんだ人はぜひメールで送って下さい。

ただし、多読・tadoku歴の浅い人は考えないで下さい。

みなさんの意見や感想を楽しみにしています!

学校英語を洗い流すために -- as の役割についてメール!

とても意外な反響が帰ってきました。
いわば、これまででいちばん抽象的な、きわめてウンチク的な話題と思ったのに、
(したがって説明も中途半端で、でもあきらめるしかないと思ったのに)
英文がすっきり読めるようになった--という反響です。

もちろんどんな英文もっていうことではないでしょう、それは当然です。
それにしても、わかんないもんだ!

asの中心的役割って、なんだとおもいます?とか、ブログに、かかれたとき、もうこの話題(文法みたいな、蘊蓄っぽい話題)からは、お~りた!って、おもったよ。いやだ、こんなの、ややこしい。だいたい、なに聞かれてんだか、こんどのは、さっぱりわかんないや、って。
だけどさ、asの、あたらしくアップされた、あれ、asには動きがある、って、あれ、読んだら、ちょっと、たのしかった。ああ、なるほど、そうかもなあ、って。(でも、全部はちゃんとは読めてないので、すみません。)
で、よめて、よかったです。蘊蓄はきらいだって、おもってたけど、(蘊蓄にかかわると、たくさんの、説明調の日本語が、頭のなかに流れ込んで、ものごとがややこしくなって、動きが、ぎこちなくなっちゃう、読めなくなっちゃう、って、思ってた)、むしろ、今回は、asのはなしが、潤滑油になったみたい(笑)。話題がおわって、説明の日本語は、消えて、asの感触だけが、のこってる、みたいな。おかげで、いま読んでる本が、より、きもちよく、すっきりと、読めるように、なった、気がする。
いままで、asについては、なんとなくでしか、読んでなかった。いわば、もやのなかに、ただようものを、手探りで、読みとっていたような、かんじだった。でも、ブログみてから、本の続きをひらいたら、ははは、なるほど、そうね。状況が、クリアになったような…?どうもありがとう。

いや、お礼はこちらです。
こうやって「洗い流すために」シリーズを続ける支えになりました。
特にどこがって書くと自画自賛みたいになるからやめますけどね。
うれしかった!

もう一つ、こちらはtwitterから・・・
いくつかのtweetをつないでいます。

私もasには動きを感じます!キャタピラみたいに2つの丸がぐるんって

asに動きを感じる件、昨日はキャタピラの2つの丸って書いたけど、忍者屋敷のからくり扉かなあ。ぐるん。asが目に入ったときに「ぐるん」てして、意味の切れ目でパタンと決めると、新しい絵(景色?情景?)が出てきたり、それまでの景色に色がついていたり。

as うーん、やっぱりちがうかも。グルンとしてパタンと静止画、みたいに止まるんじゃないな。やっぱり動きがあるような気がする。グルンはいいんだけど、そのあとも併走してる感じ。

うーん、やっぱり私、asは掴みきれてないなあ。うむ、アンテナ立てておいて多読しよう。(話は飛ぶけど、静止画じゃなくて動いてるって、ハリポタの世界の肖像画みたいで、自分で笑っちゃった)

あそうそう、asといえば学校で一番に習う有名なアレがあるんですが、多読していてアレだって飛びつくと、その後違うのでオットットてなって、違う意味のコレじゃーってなるんだけど、それでもなかったコッチじゃーってなるんだけど(爆。さらに多読が進むと(続く)

(承前)いちいちそんなことをしてると面倒臭いので、asをみたら、だいたいこの辺じゃろとモヤモヤと受けて先へ進むようになる、自分なりのふわふわしたものができてくるんですね。でも、多読始めたばかりの人がいきなりasなんか目標にしちゃうと大変なので、まずは、やさしい単語から、

(承前)これ思ってたのと違うなっていうのに会ったら、その違和感を大事にして、丁寧に微調整していくというか、ふわふわにしてください。ああいう場合でもこういう場合でも出てくるから、帰納的にこんな感じ?というのが、その単語の核になるイメージです。

二つ大事なことを語っていると思いました。
一つは as を少しずつ追い詰めているところ
もう一つは、「違和感を大事にして、微調整、ふわふわ」というところ。

as について、もしこの記事が何かの役に立ったら、知らせてください。

役に立つどころか、邪魔になったという場合も知らせてください。
(ウンチクは害になることがあります。そのため、かつては「毒リンゴ」のマークをつけていたほどです。

それから、「学校英語を洗い流すために」で採り上げたほかの学校英語の知識、理解、または採り上げていないことについても、なんでも知らせてください。 宛先はいつものように、info あっとまく tadoku.org です!