犬が歩くと棒に当たる、アンテナが立つといくらでも実例が引っかかってくる。
それが「多読/tadoku」のいいところですね。
5日のNPO多読講座でも、何かの拍子にわたしが「あ、そういう時は
struggle という表現ちょうどいいんですよ」と言ったところ、
そこから英語で自由に話している中で struggle を使える場面が二度も
出てきて、わたしは「これぞtadoku!」と思ったのでした。
で、今回はわたしが当たった棒と、モーリンが歩いて当たりに行った棒・・・
犬が歩くと棒に当たる、アンテナが立つといくらでも実例が引っかかってくる。
それが「多読/tadoku」のいいところですね。
5日のNPO多読講座でも、何かの拍子にわたしが「あ、そういう時は
struggle という表現ちょうどいいんですよ」と言ったところ、
そこから英語で自由に話している中で struggle を使える場面が二度も
出てきて、わたしは「これぞtadoku!」と思ったのでした。
で、今回はわたしが当たった棒と、モーリンが歩いて当たりに行った棒・・・
unlearn の話題が続いていますが、しばらく我慢してください。
しばらくってどのくらいかというと、日本の「外国語学習」が日本語を
一切通さないことが常識になるまで・・・
stopping も souvenir についてもわたしの頭にアンテナが立ったようで、次々に例が引っかかってきます。きょうの収穫・・・
先日のNPOの講座で、
「フランケンシュタイン博士(怪物を作った人)は科学に challenge した」
英語で言った人がいて、わたしは思わず、ちょっと待って、と言ってしまったのでした。
ちょうど正反対の意味になりかねなかったからでした。
とはいえ、これは多読支援三原則の一、「教えない!」に対する重大な違反です!
けれども、(多読では教えないけれども) 多読ができる状態にするには、「教える」ことがあります。
unlearn する必要があるからですが、その際には unlearn と learn の境目は限りなくぼやけ、
教える と 教えない はほとんど似通ってしまい、どちらが Voldemort か、Harry Potter か、
わからなくなってしまいます・・・
で、仕方なく、またしても、疑問を投げておしまいにします。
「challenge は 挑戦(する) だろうか?」
この疑問でアンテナを立てて、みなさんが 実は 挑戦(する) ではないと感じてくださることを・・・!
使い方がむずかしい語の代表みたいに言われることもありますが、
たしかに a も the もむずかしい。
(機能語は頭で理解しようとすると、たいていおっそろしくむずかしい!
Tさんはしかし、’a’ の一つの側面をしっかりつかまえていると、わたしは思います。
souvenir や remember や stopping など、いろいろわたしたちの頭の中の一対一対応を
ほぐそうという企てに、モーリンさんが体験を語ってくれました。そっくり引用します・・・