「・・・がいちばんいいんだよ」と言うだけでプレッシャーになりますね。
「手描きの金沢市街図をつくるぐらい愛が強いことがいいんだよ」と言われたら、
「強い愛を持たなければいけないんだ」というプレッシャーになる。
点数ははっきりしているけれど、「愛」は数値化できないから、
「愛」を標榜することは点数より残酷なプレッシャーになるかもしれない。
「愛」はやはり結果ですね。事前に「愛を目指す」というのは変だ。
その点は点数と同じですね、考えてみれば!
点数は「結果」であって、「点数を目指す」のはプレッシャーになるだけ。
意見がいくつか寄せられました。まとめて紹介します・・・
まずSSSの掲示板以来の古い仲間、モーリンさん・・・
「多読で英語国の文化がわかって楽しい」。
この「わかる」には知識だけでなく疑似体験による体感も含まれていると思います。
まさに学校英語との大きな相違点ですね。
「プレッシャー」に関しては酒井先生があまりにもシャドーイングを強調しているころは
やらない僕にはちょっとプレッシャーだったかも。
西洋のドラゴンは火を吹く--それを火を作って、ドラゴンになって疑似体験する。
いままでの学校英語とは大違いですね。
(これからは「アクティブ・ラーニング」というものが幅を利かせることに
なりそうです。これについてはまたいつか。)
もう一つはめろんぱんさんから・・・
愛という言葉でお母さんはプレッシャーですよ!!
おさなごの場合、親も支援者も淡々と、たんたんと。。。
そのすごさに気づかないぐらいが調度いい。。。気づいても褒めるのはNG。
寄りそうのがいいのかな。。。
第1行が大きな警鐘です、わたしにとっては。
ありがとう、めろんぱんさん。
親の愛については「さかいさん、ちゃんと書いてくださいね」と
念を押されているので、近いうちに書きます。
英語教育に熱心なお母さんからよく聞くのは、こどものために
「できるだけのことをしてあげたい」
という決まり文句--当たり前のことでもあり、気持ちは分かりますが、
実は大変危険かもしれません。でも、くわしくはいつか・・・
プレッシャーの話から少しだけずれかけていますが、
この「親の愛情」についても意見や感想を求めます。
連絡先
*Twitter: @kunisakai
*Facebook: 酒井邦秀
*メール:
tadokuorgあっとまあくgmail.com (NPO多言語多読事務局宛て)
sakaikunihideアトマアクgmail.com (さかい個人宛て)
*LINE: さかい@多言語多読