暗記を当たり前のことと考えているところに日本人の未熟さ、
遅れ、幼稚さが顕れているとぼくは考えます。
暗記なんて頭の使い方としては最低のこと。
日本人の奴隷根性の表れですね。
わたしが高校生のころは暗記なんか馬鹿にしているやつが多かったと思う。
わざわざ闇雲に覚えようとしなくたって、必要なことは読書したり、
問題を考えたりしているうちに身についた。暗記は理性の放棄です。
おっと外国語に話を戻すと、単語や文法の暗記なんて本当に害ばかり・・・
「be=です、ます、いる、ある」だなんて、
日英のことばの成り立ちをまったく無視しているし、
「I=わたし、you=あなた、he=彼、she=彼女」なんていうのも
とんでもない誤解を生みます。
(いちばん害が大きいのは「英語を日本語に置き換えることができる」と
こどもたちに思わせてしまうこと。しかもおとなになっても、
あるいは多読に似たことをいくらやっても、消えないことがあります。)
文法で言うと、たとえば英語の主語、動詞、5文型・・・なんていう用語は
知れば知るほど英語から遠ざかります。過去形を「・・・した」と訳すなんて
いうのもデタラメそのものですね。日本語には「過去形」なんてないのです。
暗記が必要ないどころか害ばかりの例は切りがないので、
いっそこのページの体験談を参考にしてはどうでしょう?
*****************************
前回の記事はやっぱり「自慢話」に聞こえてしまうと思い直して、
強調したいことをもう一度書いておきます。
前回わたしがまわりの英語の先生とくらべて「よくできると見えた」
逸話を紹介しましたが、焦点は「わたし」ではなくて「量」です。
わたしが特別「語学の才能」があったなんて思ってません!
わたしからするとほかの先生たちが「英語を何も知らない」ように
見えたのはわたしの英語の吸収量がほかの先生の何倍もあったことだと
わたしは考えています。さいわい(?)わたしはいわゆる「研究」を
放棄したので、たくさんの英語に触れることができた。
でも、それでも一桁、二桁触れ方が足りなかった。
多読・Tadokuしていたわけではないからです。
さすがに訳しながら読む聞く話す書くはしていなかったものの、
かなり頭を使いながら英語を使っていましたね。
非常に大きな、悔やんでも悔やみきれない反省点です。
頭など使わずにひたすら楽しんでいたら、わたしは今頃どうなっていたか!
わたしは今頃なっていたはずの自分を、
外国人のanimeオタクやドラマオタクに見つけるのです。
ああ、ああなりたかった・・・と。