わたしは10年くらい前に、当時電気通信大学を退職したばかりの
西尾幹二さんに、「日本はまもなく封建制が復活する」と言って驚かせた
ことがありました。西尾さんは「まさか! 封建的になるっていうこと?」と
反論しましたが、わたしは「いえ封建制度です!」と言って譲らなかったのでした。
当時わたしが頭に置いていたのは国会議員の世襲のことでした。
わたしにはあれが「幕藩体制」の復活を予告しているように見えたのです。
で、封建制というのはいわば「生まれによる格差社会」とも言えると思うので、
Pikettyさんの本には関心を持っていました。すると11月末のある日、
audibleからメールが来て、なんと1クレジットでunabridged版がダウンロード
できるとのこと。さっそくダウンロードしました・・・
(初出時、大事な r>g を間違えて r<g としました。しおさん、ありがとう!
そうだ、注釈をつけます。わたしの言う封建制は学問的な定義によるものでは
ないです。ただ、人の一生が生まれでほとんど決まってしまう社会ということです。
そのほか訂正部分を赤字にしてあります。)
1月に入って、親戚の新年会でトマ・ピケティさんが来日するという話を聞きました。
「それまでに読み終わりたいけどなあ」と義弟が言っていたので、
ふと格安ダウンロードのことを思い出し(わたしは audible.com の a gold
member なので1クレジットは1000円ちょっと相当)不幸本の朗読に割り込んで
聞き始めました。
再生速度は1.5倍。この速さだと数字の部分はほとんど分かりません。
グラフによる説明も、グラフのダウンロードは面倒だったので、
聞きながら頭の中で「こんなグラフかな?」と推測するだけ。
はっきり言って「多読的リスニング」そのものでした!
けれどもとてもおもしろかった。翻訳は700ページもあるそうです。
その上多読的リスニングですから、細かい話は端から無理。
それでもおもしろくて、電車の中でも歩きながらでも、先へ先へと聞き続けました。
以下、メモでこの本のおもしろさを伝えるよう努力しましょう。
そして最後にこの本と「日本の封建制度復活」がどう関係あるか、
簡単に触れます。
さて、どこがおもしろいか・・・
*経済の歴史をおもに仏、英、米、そして独、日の各国について辿っている。
(まるで歴史小説のようなおもしろさがあります。経済のことをこんなに
わかりやすく、おもしろく書けるというのはすばらしいものです。
700ページはたしかに daunting でしょうけれど、ぜひ本屋か図書館で手にとって、
目を通してください。英訳はたしかにおもしろい!)
*ただ、数百年にわたる統計資料を駆使しているのですが、
資料は必ずしも揃っていない。そこで信頼性に限界がある数字には
かならず限界があることを注釈していて、好感を持ちました。
*数ヵ国分の、数百年分の資料に語らせるにはコンピュータが不可欠だった
と書いています。これまでピケティさんのような研究がなかったのは、
資料の処理が大変で、不可能だったからだと。このへんも冷静ですばらしい。
*大量の資料に出てくるたくさんの数字の中から、どれを選んで経済の歴史を
語らせるか--そこにピケティさんの視点があるようです。(といことは、
選び方について文句が出るんでしょうね、ほかの経済学者から)
で、わたしが多読的リスニングで了解した経済的歴史の教訓は
「大きな金は小さな金よりも金を集めやすい」
という点であります。
ま、これはだれでも見当はついていたことですが、これを過去数百年の
経済指標を駆使して表現できたことはすごいと思いました。
*で、でかい金はちっこい金より有利だという証拠がおもしろい!
だれが読んでも(聞いても)すぐにわかる実例なところが実にすばらしい。
その実例はなんと、アメリカの大学の資金運用なのです。
アメリカの大学はどこも資金運用の詳細を公開しているのだそうです。
投資銀行などは資金運用を公開していないらしい。
(それはそうでしょう、どう投資しているかは、投資銀行にとっては最大の
企業秘密でしょうから。)
*一言でいえば、公開されている資金運用の実際を比べると、たくさん資金が
ある大学は資金の少ない零細大学に比べてはるかに利益を上げている。
「利益率」ということばを使っていいのかどうか分かりませんが、要するに
投資した額に対して得た利益が投資額の開き以上に大きい。
*これを大学以外の一般の場合にも当てはめれば、すでにたくさんお金を
持っている場合は、少しのお金しかない場合にくらべて、もっとお金持ちになる。
使い切れない専門用語?を使うと、資産が豊かな場合、資産の乏しい場合
よりも早く豊かになる。つまりこれが格差の拡大らしい。
r>g という式がよく出てきます。これについては本を読んでください。
わたしの理解では、要するに国の豊かになる(growth)ペースよりも、
資産を元に豊かになる(return)ペースの方が早い!)
*最初からお金をたくさん持っていると有利--これは財産の世襲に
関係しています。(そこから封建制へ・・・)
*で、解決策としては 全世界的に資産に対して累進課税するしかない。
(これまでの累進課税は「所得」に対して、らしい。要するに収入の多い人は
少ない人よりも税率が高い? このあたりの用語、まったく自信がありません。)
*ところがこれは世界各国の意見一致が必要。今は一致していない、
つまり各国別なので、「脱税避難地(わたしの表現)」になっている国があって、
そのために地球全体で集計すると、収入と支出は同額にならなければならない
はずなのに、支出の方が多い状況になっている! これをピケティさんは
「火星から借金」 と表現しています。火星から借金しているように見える分は
脱税避難地に消えている分なのですね。
*各国の意見一致がむずかしい理由の一つは情報公開を伴うから。
以上のことから、ほかにも結論が出てきます。格差の拡大は社会の不安定に
つながる可能性がある、といったことですが、以下省略!
で、日本は封建制に戻る というわたしの予言ですが・・・
安倍自民党はピケティさんの忠告とは逆に格差拡大をめざしていると思われます。
*安倍自民党のめざす社会は第二次世界大戦中の日本社会。
*つまり、トップ1%が富裕になればいい。(せいぜい10%?)
*そのためには99%または90%は貧困でかまわない。
*1%または10%は支配階級と呼ばれるべきで、99%または90%は
被支配階級であって、日本国に対する貢献度が少ない。
したがって、人権は制限されるべきである。
*以上の体制を造るのにいちばん大きな障碍は普通選挙。
*したがって、どこかの時点で・・・
・普通選挙を廃止する(つまり収入によって持ち票の数を変える
(所得税の額に比例させる?)、
・あるいは法人にも選挙権を持たせる、
・あるいは投票権を捨てると毎月一定の額が支給される、
・・・などの対策をとる。
*普通選挙の廃止が不可能な場合は、99%あるいは90%の不満を
抑えるために中流を造る必要がある。(中流には資産階級に入れるかも
しれないという希望を持たせる。)
*中流を造るために移民を増やす。
*移民は選挙権もなく、市民の権利も少ない層であって、中流の不満の
受け皿(ことばと力の暴力の対象)であり、暮らしの下支え(いわゆるmanual
labour )のためにいる。
*中流、下流の不満の受け皿として仮想敵国を造って、内側の不平等から
目を背けさせる。
ピケティさんはまさかこの時代に(どこの国であれ)封建制が復活する
可能性があるとは、夢にも想っていないようです。さすが革命を何度も
経験して民主制を勝ち取った国だからでしょうか? (こんな乱暴な
一般化はピケティさんの本には出てきません。)
日本はまだまだ封建的な体質や頭から抜け出していないとわたしは
考えます。戦後70年の民主主義鍍金は次々とはがれて、
封建制を受け入れる素地は着々と露わになりつつあると思います。
いま希望を持てるとしたら、阪神淡路大震災で社会の表面に出てきて、
東日本大震災でその健在さを示した若い人たちです。
(戦後70年に対する年寄りの郷愁はどうもあてにならないという気がするの
です。残念ながら。わたしの個人的な表現を使えば、あの若い人たちは
いしいひさいちさんの地底人で、こうして記事を書いているわたしは
最底人です。でも、地底人並みにがんばりたいとは思っています。)