いま学研から出す本の原稿を書いているところだということは何度も書きました。
その中でつくづく多読も Tadoku もみんなで作っていることを確認する毎日です。
そうした事例の一つです。最近動きの出てきた翻訳について話し合っているうちに・・・
いま学研から出す本の原稿を書いているところだということは何度も書きました。
その中でつくづく多読も Tadoku もみんなで作っていることを確認する毎日です。
そうした事例の一つです。最近動きの出てきた翻訳について話し合っているうちに・・・
学研本の第一稿は終わりましたが、いろいろ修正のため、大切なみなさんの意見や
感想や投稿を読み直しています。
そうしたら、「多読的精読」についていづこさんの非常に鋭い投稿が見つかりました。
2011年の3月(!)に「ややこしきの掲示板」で読んだ当時はその鋭さが分かって
いなかった・・・ でも、今はいづこさんの疑問のいちばん鋭いところに答えることが
(曲がりなりにも)できると思っています。
原稿書きの徒然に、3年遅れでいづこさんにお答えしておこうと思います。
いづこさんの投稿は「続き」に貼り付けますが、その投稿のきっかけは
わたしがよく言っていた「多読的精読とはサラッと読んで深くわかること」
という定義のことでした。そこにいづこさんが反応してくれた・・・