tadokuの時代--多読はたしかに進化してきた・・・

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多読の進化の実例だなんて紹介したら、カエデさんは今後投稿したり、報告したり、
Skypeに参加することがやりにくくなるかな?

(フォーラム画面のいちばん右上に 検索窓があります。
その下にある「詳細検索」をクリックして、出た画面の上から二つ目の「投稿者検索」に
カエデ と入れるとカエデさんのこれまでの投稿が読めます。
とても参考になると思います。)

それは一般的にはたしかに心配ですが、カエデさんの場合は大丈夫なような
気がするのです。でも、もしそんな採り上げ方は荷が重い、ということであれば、そう言ってください。ただちにこの記事のタイトルや表現を変えます・・・

    Now english is not a forign language for me.
Its’ my language. I can express myself by this words. These days sometimes I think in English. I murmur short sentenses in my mind. I dont know what happend to me. Somehow i want to write and speak english. when i think i have to use collect english, then i dont want to.
it often happened after i read some english or watched dramas. i can read a novel when i am tired or before i fall in sleep. a few months ago, i read words one by one. Now i see words, i hear voices. there is no stress. just one difference between english and japanese is reading speed.
it is much harder to listen or watch. But i often watch dramas when i’d like to relax.

i cannot understand all English indeed. but, i dont want to translate it in japanese. if i do, i can get the means. its easy way. i was confortable to use a dictionary. but nowadays i am irritalated to translate. its different. if i cant understand it, i am not ready thats all.

いいな! 気持ちがそのまま伝わってくるし、リズムさえうっすらと、
いや、うっすらよりももう少しはっきり感じられますよ。
いいと思ったのは

Now i see words, i hear voices. there is no stress.

これぞ多読的ライティング?! という文章ですよ、これは。
むずかしい言葉は一切使っていない、つまり「手持ちの慣れたことば」だけで
書いてますね。それに、一語一語出てくる「英作文ライティング」ではないですね。
一文を書き始めたときにすでにまるごとイメージができていることがわかります。
もちろん一文が短いからそんなことができるのですね。そのまま行きましょう!

みなさん、長い文が書けることがいいのではないです。
りずむのない、だらだらと続く文はわかりにくいです。
さらさらと読んで共感したり、反発することにはならない!
ごつごつしていて、途中で読むのをあきらめてしまいます。

これからかなり長い時間をかけてちょっとずつ説明することになると思いますが、
短い、リズムのある文を書くことから、話すことも、書くことも、始めたいもの。
少しずついろいろな実例を挙げて説明します。

酒井先生、こんばんは

手応え、なんて言葉をフォーラムで使ったものの、深く考えて出てきた言葉ではありません でした。だから日本語で言葉を尽くすより、よっぽど分かりやすいかと思い、英語で書いてみました。書いてから多少順番を入れかえたものの、スペルチェック などはしていないので、かなり間違ってるかと思います。
書くことにはそれほど時間がかからなかったんですが、送るかどうかでしばらく悩みました。どれだけできて、できないか、学校英語に縛られたままなのか、露呈してしまうからです。でも、えいやっと送ってしまうことにします。
正 確に、という呪縛がまだあるので、書いたり、話したりすることにはまだまだ抵抗があります。特に、音については全然自信がありません。それでも、聞いた り、読んだりは構えずにすむようになってきました。現実に目の前で会話するという状況でなければ、耳をそばだてて、一語一語聞き取ろうということはしなく なりました。わからないところがあっても平気です。日本語だって慣れているだけで、本当は全部分かっているわけではないですから。

なんだか、気持ちがほぐれていく様子が感じられるような報告ですね!
「正しく」という呪縛が「薄紙をはがすように」解けていく様子がわかります。
「書くのに時間がかからなかった」ということも、そうだろうなと思います。
このまま慣れていけばきっと英語が空気のようになりそう・・・
なくてはならないのに、あっても邪魔にならない!(?)

明確に変化を感じるのは、ドラマを見るときよりも本を読む時です。英語のまま身につけた言葉が増えるにつれ、日本語が介在することを、できれば避けたいと思うようになってきました。
も ともと翻訳物のSFやミステリはあまり好きではなかったんですが、完全に駄目になっています。エンダーのゲームを邦訳がでてから少しだけ読んだんですが、 これなら英語で読んだ方がましだと感じました。逆に、これまでいまいちだったディックやアーサーCクラークを原著なら読めるかも、とも思っています。

すごいことになってきましたね。翻訳物が体に(?)会わなくなってきた?
(だれでも同じ道を通る必要はないのですよ。カエデさんと同じでなければ
多読として評価されないなんて思わないでください。それぞれの人に、
それぞれの「すごい道」があるようなので・・・)

最 近つけ始めたエクセルシートも添付してあります。いつか酒井先生に送りつけようと思っていました。しかし、こんなにはやくというつもりはなく、人に見せる ことを前提に書いていません。まとめ直すより、このままのほうが楽なのでそのまま送ります。こっちはネタバレがはなはだしいので、そのままの形での公開は しないでください。

エクセルを見てもらうと分かると思いますが、where no one goesを訳さなかったりthe snowman and the snowdogを聞いて大泣きしたり、なんというのか、英語を英語のままというのはこういうことか、と思うようなことが色々ありました。最近文法が分から なくなってきました。頭で考えると不安になることもあります。
感覚的にはこの道が正しいような気がします。

なんともはや・・・ 正しくとか、正解が一つといった呪縛から解放されると
こんな風になるという見本のような変化ですね!

実は最初ドラマを字幕なしで見始めたとき、あまりのわからなさにびっくりしました。字幕付きで見ていたときは、字幕と言っていることが違う、と時折気づくことがある程度には聞こえていたのが、無くした途端にほとんどまったく聞き取れなくなってしまったからです。
その後、少しずつ聞き取れる(本当は聞き取れるという言い方はどこかおかしいと思っています)ようになっていったんですが、なにかが違っていたんです。それがこのところの変化につながっているようです。

日常ではなかなか多読についてシェアできる人がいないので、長々と書いてしまいました。色々と話したかったみたいです。
引用については、もしあればですが、引用部分と意図を先に教えていただいてから考えてもよろしいでしょうか?
よろしくお願いいたします。

カエデ

字幕については最近非常に大きく考えが変わりました。
字幕は日本語でも英語でも、英語が聞き取れた気にさせてくれるけれども、
何年経っても音にはなじめないと思われます。

ぜひ字幕は消しましょう。いいじゃないですか、「分かった」のが1%でも、
楽しめれば!

気を遣ってコメントしたつもりですが、それでもカエデさんの重荷になったかも
しれません。もしそうだったら、これからはわたしにメールで報告をください。
引用はしないようにします。様子の変化はできれば知りたいのです。

みなさんもどんな小さな、ささいに思える変化でも結構です。知らせてくださると
多読・tadoku研究の大切な資料になります。よろしくお願いします!

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