教師・支援者の方へ実践のヒント

実際に授業やボランティア教室などで多読を取り入れる時には、様々な工夫が必要です。ここでは大学や日本語学校などの教育機関での多読授業を想定して、学習者への多読の説明や、読みものの準備、授業中の支援者の役割について紹介します。

たくさん読むこと・楽しく読むこと

まずはじめに、多読は「たくさん読むこと」、そのためには「楽しく読むこと」が大前提だということを学習者にしっかり理解させましょう。その上で、読み方のルールとその意味を説明します。

読み方のルール

  1. やさしいものから読む

    わからない言葉がない、簡単だと感じるレベルから読むことで日本語を日本語のまま理解する感覚とスピードを体得するためのルールです。

  2. 辞書は引かずに読む

    辞書に頼っているとたくさんの文章を読めないし、内容を楽しめません。また、辞書の訳語をあてはめて訳読すると間違えることもあります。辞書に頼らずに読めるようにするためのルールです。

  3. わからないところは、とばして読む

    母語で書いてある読みものを読むときには、ふつうに行っている読み方です。文法や言葉にこだわらないで、内容を楽しむようにさせるためのルールです。

  4. 進まなくなったらやめて他の本に移る

    先へ進めないというのは、内容に興味が持てないか、読む側のレベルが読みもののレベルと合っていないかの、どちらかです。どちらの理由にせよ、止まっている時間がもったいないので、途中でどんどんやめて違う本に移りましょう。楽しく大量に読むためのルールです。

読み方のルール:印刷用PDF(7か国語)

多読向け読みものの準備

学習者一人ひとりが、自分の好みにあった物を手に取れるように、やさしいレベルの読みものから、レベルの高いものまでを徐々に数段階用意します。

まず、どんなレベルの学習者に対しても用意してほしいのは、字のない絵本。絵を「読んで」話を理解する練習用です。 次に、少し字のある絵本とレベル別読みもののレベル0で、多読の世界に徐々に入っていってもらいます。中上級者にもこのレベルを読んでもらい、母語に訳しながら読んでいないかチェックします。 この後は、学習者の能力に応じて、レベル別読みものを自分のペースで読んでいってもらいます。

レベル別読み物は語彙と文法をコントロールしてあるので、学習者にとってとても読みやすいです。しかし、その読みやすさに慣れてしまうと、日本人向けの読みものまでなかなか到達できなくなります。多読の初期から、あるいはレベル別読みもののレベル2~3ぐらいまで読んだら、ぜひ、私たちが紹介している一般の読みものも合わせて読むよう勧めてください。レベルの階段は一般の読みものを混ぜながらゆっくり登っていっていいのです。とくに漫画は絵で状況を語っているので、好きな漫画が見つかると多読が進みます。

学習者に応じて朗読音声も用意しましょう。入門者や、言葉を耳から覚えたものの活字になじみのない人は、朗読音声を聴きながら読んでもいいでしょう。また、ちょっと難しく感じる本も朗読音声を聞きながら読むと、読めてしまうことがあります。

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授業や講座用の読みものが並んでいる様子

多読の時間とタスク

さて、いよいよ多読授業開始です。読むことは活字を解釈することではないことを説明し、まず字のない本で、本の世界に浸る経験をしてもらいましょう。

それから一人ひとりが思い思いの本を手にとって、静かな読書の時間が始まります。できたら、週1回、1時間半か、2時間、多読の時間にあてられると効果的です。初級の学習者なら1時間程度でいいかもしれませんが、10分や20分では十分に本の世界に浸る体験ができない恐れがあります。

何を読んだかを記録させ、簡単な感想を書かせるのは、学習者の励みになると思いますが、「読書感想文」はやめましょう。書くのに時間がかかりすぎて、楽しくたくさん読むという基本理念から外れてしまうからです。

十分読む時間をとった後に、学習者同士で、本の紹介――ブックトークをさせることは、モチベーションを高めることにもなるでしょう。日本語以外に共通語があるなら、最初はその共通語でのブックトークがお勧めです。本への思いを熱く語れます。十分慣れてきたら日本語交じりで話すように促します。まだ日本語が話せない学習者には無理にブックトークをしてもらわなくていいでしょう。

読書記録の例、学習者が読んだ本について生き生きと語る様子

Q.本は一人でも読めます。どうして授業で読ませる必要があるんですか。

A.確かに、多読についてよく理解してルールを守って読めば、一人でも多読ができます。

ただ、授業の中で多読をすると、学習者は多読的な読み方ができているか、教師や学習支援者にチェックしてもらえます。一人で多読をしていると、正しい読み方を体得しないまま続けてしまい、途中で挫折することが多いのです。

また、授業だと、一定の時間をともにして読む仲間がいます。一人一人別々の本を読みながらも、クラスメートの読む姿は刺激になり、多読を持続させる力になります。特に、活字がもともと苦手な学習者は、一人では読もうとしないので、授業でやる意義は大きいと思います。

支援者の役割

学習者が本を読んでいる間、支援者は何もすることがないように見えますが、実は、ひとりひとりの様子に気を配りながらたくさんのことをします。
例えば――

学習者の様子を観察して記録する

注意深く学習者の様子を見て、どのレベルのどんな本を手に取ったか、どんな様子で読んでいるかメモしておきます。次の授業のときに、どのレベルのどんなカテゴリの読みものを薦めるかの助けになるでしょう。

「読み聞かせ」で言葉の世界に誘導する

字がまだ読めない学習者には、「読み聞かせ」をし、慣れてきたら朗読音声を聞きながらよむ「聞き読み」を勧めます。こうすることで、言葉の世界に誘導しましょう。

質問されてもすぐには教えない

わからない言葉について質問されても、すぐには答えずに、「先を読んでみて」「絵を見て考えて」と、アドバイスします。読み方のルール③「わからないところは、とばして読む」を守らせるためです。理解したかどうかのテストもしません。

読むのをやめるよう勧める

学習者の様子を見て、つまらなそうにしていたり、先へ進まないようなら、その読みものを読むのをやめるよう勧めましょう。まじめな学習者ほど最後まで読もうと頑張ってしまう傾向があります。読み方のルール④「進まなくなったらやめる」を守らせることは案外難しいのです。

読書相談の様子、知らない言葉を質問する学習者

Q.多読授業はどうやって評価したらいいですか?

A.多読授業は、一人一人のペースで、興味に応じて読み進めて、やがて一人で一般向けの本を読めるようになることを目標とします。そのペースや読むレベルなどは学習者によって違います。ですから、読んだ量やレベル、理解度などに点をつけるべきではありません。ただ、学校、特に大学などでは、どうしても評価をしなければならない場合があるでしょう。その場合は、例えば、出席点で評価するとか、あらかじめよけておいた1冊を学習者に読ませて質問を答えてもらって評価するなどの方法が考えられます。

以上、学校で行う多読クラスの基本的なやり方を書いてきましたが、実際には、対象学習者の年齢や言語的背景、カリキュラム上の問題や準備できる本の量などで柔軟な対応が必要になるでしょう。迷われたらぜひ、「多読授業とリライト」入門講座や、年に一度の夏の支援セミナーや12月の多読授業相談会に参加して、他の支援者と情報交換してください。ブログに挙がっている実践報告もおおいに参考にしてください。

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教師・支援者の方に読んでほしい本

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※この小冊子は、NPO多言語多読の前身、日本語多読研究会が2008年に日本財団の助成をうけて制作したものです。