日本語の多読向け読みものを作ろう
――作り方と作成例

日本語学習者が、本を読みたいと思っても、いきなり日本人向けの本は読めません。難しい本を辞書を引きながら読むのでは多読になりません。学習者が自分のレベルに応じて辞書を使わずに、楽に多読していくためには、日本人向けの一般の本への橋渡しになるような読みものが大量に必要になります。

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にほんご多読ブックス vol.8(大修館書店)より『南の島のタクシー』

そこで、私たちは、小説や昔話、ノンフィクションなどを文法や語彙をコントロールしてリライトしたり、新たに書き下ろすなどして、レベル別の読みものを作っています。多読向け読みものには、漢字にルビを振ったり、理解を助けるための挿絵を入れるなどさまざまな工夫があります。ここでは、私たちが多読向けの読みものを作る時の基本的な考え方と、実際の作例を紹介します。

作成方法

どんな読みものを作るか

学習者が興味に応じて読めるように、小説や昔話、童話の簡約、日本文化紹介、伝記、歴史など、さまざまな内容のものを用意する必要があります。そして、それを、学習者の立場に立って楽しく面白く読めるように書く、これが最も大切なことです。

どうやって作るか

何を書くか決まったら、内容に合わせてどのレベルにするか決めます。
レベル別に決めた語彙表と文型表と字数(下記リンク参照)を目安に書いていきます。簡約の場合は、元の作品をリライトしていきます。しかし、多読向けの読みもの作りは、文型表と語彙表をもとに機械的に書き換えていく作業ではありません。読みやすさやわかりやすさは、文法や語彙だけでなく、内容や書き方、挿絵の分量などにも大きく左右されるものです。基準になる語彙表、文型表を守りつつも、読みやすさに関わるすべての点に考慮しながら、魅力的な読みものを目指して書き進めていきます。実際に学習者に読んでもらい、フィードバックをもらうことも大切です。

<参考資料>

読みもの作成時のポイント

  • 書き出しは、文を短く。話の設定が無理なく頭に入るように。
  • 文と文のつながりを明確に。主語の省略はしすぎない。会話は、誰が話しているのかわかるように。
  • 登場人物は少なめに。多いときは省略も検討する。名前はわかりやすい名前を使用する。
  • 簡約の場合、わかりやすくするために文を前後で入れ替えたり、大幅にカットしたり、小道具などをわかりやすいものに変える。
  • 語彙表や文型表にない言葉や文法が出てきたとき、前後関係でわかりやすければ使う。その際は、繰り返し使うことが望ましい。あるいは挿絵で補う。
  • 使えない文法など出てきたとき、その部分を会話表現に直すとわかりやすくなる場合がある。
  • 特に、低いレベルの場合は、物語は時間的な経過を追うこと。
  • 読みやすいように句点や表記(漢字やカタカナの使用)や改行に気を配る。
  • 最後によく読み直して、日本語として不自然にならないようにする。
  • 実際に学習者に読んでもらって、フィードバックをもらい、反映させる。

作成例

では、多読向けのレベル別読みものは、実際にどのように作られるのでしょうか。原作を語彙や文型表にしたがってリライトする場合の例を、「蜘蛛の糸」(芥川龍之介作)で見てみましょう。

<原作>

ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは、なんとも云えない好い匂いが、絶え間なくあたりへ溢れて居ります。

極楽は丁度朝なのでございましょう。


やがて御釈迦様はその池のふちに御佇みになって、水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子をご覧になりました。この極楽の蓮池の下は、丁度地獄の底に当たって居りますから、水晶のような水を透き通して、三途の河や針の山の景色が、丁度覗き眼鏡をみるように、はっきりと見えるのでございます。

「蜘蛛の糸」芥川龍之介(「芥川龍之介全集2」ちくま文庫、筑摩書房より)

私たちは、「蜘蛛の糸」が短編であること、比較的平易な言葉で書かれていることからレベル3の読みものにリライトすることにしました。

リライトにあたっては、まず、冒頭の「お釈迦様が極楽の蓮池のふちを歩いている」場面を、学習者がすんなり理解できるのかどうかという疑問が湧きました。そこで、以下のようなリライトをしました。

<リライト後>

人は死んだらどこへ行くのでしょうか。

生きているときにいいことをした人は、死んでから極楽へ行きます。罪人(悪いことをした人)は、地獄へ行きます。

極楽はどんなところでしょう。

極楽にはお釈迦様が住んでいます。とても静かで、花がたくさん咲いていて、いいにおいがしています。極楽はとても楽しいところです。

地獄はどんなところでしょう。

地獄には鬼がいます。鬼は、罪人たちを棒で打ちます。罪人たちは毎日苦しくて、痛くて、逃げることはできません。地獄はとても怖いところです。


ある日のことです。お釈迦様は、極楽の池の周りを一人で歩いていました。

池には蓮の花が咲いています。蓮の花は真っ白で、その真ん中の金色のところから、とてもいいにおいがしています。

周りはとても静かです。極楽は朝なのでしょう。


しばらくして、お釈迦様は立ち止まって、蓮の葉の間から池の中を見ました。

池のずっと下の方には地獄があります。池の水はとてもきれいなので、地獄がよく見えました。

簡約版「蜘蛛の糸」『レベル別日本語多読ライブラリー にほんご よむよむ文庫』レベル3、Vol.1「芥川龍之介短編集・蜘蛛の糸/鼻」所収(監修・NPO多言語多読 アスク出版)≫ 詳しく

読みもの作成時のポイント

  • 太字の部分は原作にはありません。物語の文化的背景の説明が必要だと考え、「極楽」と「地獄」を説明する文を補いました。
  • 語彙表にはない「お釈迦様」「池」「蓮の花」は挿絵で補いました。「地獄」は後のページに挿絵を入れました。
  • 全体に、レベル3の言葉に書き換え、なくても物語の理解に支障がないと思われる難しい言葉は省きました(水晶のような水/三途の河や針の山/覗き眼鏡など)。そして、一文は短くしました。
簡約版「蜘蛛の糸」 簡約版「蜘蛛の糸」
逸脱語を挿絵で補っている例:「お釈迦様」「池」「蓮の花」「地獄」を挿絵で表現しています。

読みもの作成体験者の声

作成事例を読んで、どうお感じになりましたか。多読向け読みものの作成は、単にことばや文法を簡単にすればいいのではなく、全体の面白さ、読みやすさを追求しなければなりません。この作業は「読むとはどういうことか」を掘り下げる、日本語教師にとって興味の尽きない作業でもあるのです。

読みもの作りで面白いのは、制限がある中で、どう言葉を置き換えていくかという事だと思います。「これはこのレベルの語彙にある?ない? なかったら、イラストで補う?」などと考えていくのが、楽しいです。グループで一つの作品を作っていくのですが、一緒にやっている仲間が、イメージに近い言葉を探し当ててくれた時は、「そう。それ、それ!」と言いたくなります。一人だと気づかないことも、数人でやると、気づくことができるのです。 学習者が読んでいる顔を想像するのも、楽しみの一つです。

橋本典子さん(日本語学校専任講師)

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