ニール・ゲイマンの絵本 『新聞父さん』編 by pom

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(文:pom)

作家は、常にネタを探しています(いや、知らないけど、たぶん)。ネタの宝庫といえば新聞。というわけで、Neil Gaimanはいつも新聞を読んでるんじゃないかなあ。そしてあるときGaimanは「家庭でいつも新聞を読んでる自分=父さん」ってネタになるんじゃないかと思いついたんでしょう、きっと。

The Day I Swapped My Dad for Two Goldfish

by Neil Gaiman (Author), Dave McKean (Illustrator)
The Day I Swapped My Dad for Two Goldfish

ある日、友だちのネイサンが金魚を持ってうちに遊びに来ました。きんいろの金魚が2ひき。ぼくは欲しくてたまらないけど、ネイサンはぼくのおもちゃのどれとも交換してくれません。一生懸命考えたぼくはひらめいた! 今も新聞読んでる父さんと交換すればいいじゃん! 最初は乗り気でなかったネイサンも交換に応じてくれ、首尾よく金魚を手に入れたぼく。でも帰ってきた母さんは、父さんを探してばかりでぼくの金魚を見てくれません。妹の告げ口で、父さんと金魚を交換したことがとうとう母さんにバレてしまいました。母さんのいいつけで、父さんを取りもどしに出かけた妹とぼく。でも、新聞を読んでいる父さんは行く先々で何かと交換され、ぼくたちはなかなか父さんにたどり着くことができません。

完全にモノ化している父さん。それも子どもたちにはあんまり人気がないらしく、どんどん交換されていってしまいます。妹もなかなかのキャラです。友だちとの会話もあるあるだし、ぼくのほのかな恋心も感じさせる展開も秀逸。でも大人が読んでいて思うのは、交換されていく父さんは、いったい何を考えていたのか、ということ。子どもたちの遊びに巻き込まれたGaimanも、次は何が起こるのか、と思いながら子どもにつきあったこともあるかもですね。

この絵本、ぱっと見には暗そうに見えるかもしれませんが、なかなか味のある絵ですよ。

The Dangerous Alphabet

by Neil Gaiman (Author), Gris Grimly (Illustrator)
The Dangerous Alphabet

新聞を読んでる父さん、2冊目は、The Dangerous Alphabet。これはアルファベットブックです。2人の子どもが、地下世界に冒険に出かけるという話ですが、なかなかいきのあがらない冒険っぽい。こちらは本文に父さんが出てこないので、どの程度Gaimanの意向かわからないのですが、イラストでは、子どもが出かけるとき、父さんは新聞を読んでいますし、冒険から帰る子どもたちを船着場で待ってるときも、父さんは新聞を読んでいます。

Fortunately, the Milk

by Neil Gaiman (Author), Chris Riddell / Skottie Young (Illustrator)
Fortunately, the Milk

三作目は、Fortunately, the Milk。母さんは泊まりがけで出張に行かなければなりません。カンファレンスでトカゲについて発表することになっています。母さんがくどくどと留守中の注意をしているあいだ、父さんは新聞を読んでいました。新聞を読んでる父さんは、まわりのことにあんまり注意を払ってるようには見えません。

「聞いてるの? 私なんていった?」

母さんは疑り深そうに聞きました。

「土曜日に子どもたちをオーケストラの練習につれてくのを忘れるな水曜の夜はバイオリン留守のあいだの夕ごはんはそれぞれ冷凍して番号がつけてある家の予備のかぎはニコルソンさんにあずけてある月曜日の朝にトイレ工事の人が来るからそれまで二階のトイレを使うな金魚にエサをあげること君は僕たちを愛していて木曜日には帰ってくる」

と答える父さん。

と、まあ、今回の父さんは、かなりデキる雰囲気で始まります。

次の朝、ぼくと妹が朝ごはんのシリアルを食べようとすると、ミルクがない。

「かわいそうな子どもたち。角のところのお店に行って、ミルクを買ってきてあげるよ」

と子どもたちのため(と自分の紅茶のため)に父さんはミルクを買いに出かけていきました。ところがなかなか帰ってきません。やっと帰ってきた父さんは、

「マーシャル通りのうえにUFOが浮かんでてさ、誘拐されちゃったんだ。でもだいじょうぶ。ミルクはポケットに入れてたからね」

そして、父さんはどうやって宇宙人から逃げたか。逃げたけど時を遡ってしまって海賊につかまちゃって。今度は浮遊-気球-人間-運搬装置というタイムマシンをあやつるステッグ博士(ステゴザウルス!)に助けられ、時をこえ、いろいろあったあげく地球の危機を救い(←お約束)、子どもたちの朝ごはんのために無事にミルクを持って家に帰ってきた話をしたのでした。

話を聞き終わった子どもたちは

「全然信じてないから、その話」

といいます。

「でも、みんなほんとの話だ。証明できるよ」

と父さん。

「どうやって?」

「うん。ここにあるミルクが証拠」

といってテーブルにミルクを置くと、父さんは新聞を読みはじめました。

というところで終わります。この話、Gaiman版子ども向けドクターフーってところですね。

ここで注意。Fortunately, the MilkのKindle版は、2種類出ています。Skottie Young がイラストを描いているのと、Chris Riddell が描いているのと。

Riddell版のほうがお得かなと思います。GaimanがDadの話をしているビデオや、Riddellがステッグ博士のイラストを描いている高速ビデオがついています。5分だけGaimanが本文を朗読しているビデオもあります。 Youngのイラストもすてきなんですけどね。

Gaiman が Dad について語る
Chris Riddell によるドローイングの様子
Gaiman による Fortunately, The Milk の朗読(一部)
Gaiman が Fortunately, The Milk について語る

Gaimanが、Riddell版のビデオのなかでいってたように、この本は父さんがヒーローです。Gaimanは、自分が父親であるという日々の経験から、まったく役に立たない父さん(The Day I Swapped My Dad for Two Goldfish)と、大活躍する父さん(Fortunately, the Milk。ま、こちらは自称ですが)という両極端の父さんを、新聞を読んでいるというシルエットは同じにして、描いてみせました。それもかなりユーモラスに愛情をこめて。どちらの本を読んでも、読者は父さんとGaimanをオーバーラップさせて楽しんでしまう。そういう意味で、私は新聞父さんをシリーズとして見ています。

オーディオブックで、モノクロの読書がカラーに!

Fortunately, the Milk は、私にとって大きなきっかけになったので、その話を最後にちょっと書きます。

――読めるようになりたい。音はどうでもいい。

NPOの多読講座に入ったばかりころ、私は洋書が読めるようになればよくて、音はどうでもいいと思っていました。その頃、講座ではまだやさしい本ばかり読んでいましたが、ネットでこの本を紹介を見て読みたくなったので、買って読みました。当然するすると読めたわけではなく、がんばって読みました。感想は、まあまあおもしろい、というところでした。

そのあとしばらくして、そのとき講座では、シャドーイングを勧められていました。Holesでシャドーイングをしていたのですが、全然やる気になれず、講座の前の日に10分くらいシャドーイングして、それでやり過ごしていました。とにかくシャドーイングするのが憂鬱でした。今でもHolesの背表紙を見るとイヤな気分になります。別にシャドーイングしたくなければしなくてもいいのです。でも講座に入ってみると、シャドーイングで発音がすばらしくなった人の話を聞いたり、読み聞かせをしてくれる人もいて、なんだかちょっとうらやましくなってもいました。でも、このカタカナ発音の自分がそんなにふうになれるとも思えず、自分は読めるようになるだけでいいんだとウジウジしていました。

――偶然聞いたGaimanの朗読。オーディオブックって凄い。

そのとき偶然に、たぶんネットで見たんだと思いますが、Fortunately, the Milk のオーディオブックは、作者のGaiman自身が朗読をしていることに気づきました。なんとなく聞きたくなって、オーディオブックも買って聞いてみたのですが。

まず最初の、題名と作者の宣言のところ、

”Harper Audio presents Fortunately, the Milk by Neil Gaiman, um, that’s me.”

とGaiman自身の声で始まります。Fortunately, the Milk のとこらへんで、なかなか私好みの声と思う間もなく、um, that’s me.でヤラレました、私。今だったら、またなんか演出しちゃって、と思うところですが、当時Gaiman超初心者の私。もしかしてこれ照れてるってこと? と一気に血圧が上がりました。

さらに聞いていくと、UFOが飛んでる音を

「さん~さん~」

っていったんですよ、Gaimanが。当時はこう聞こえました(てか、今でもこう聞こえる)。原文は、thummthumm です。私は電車のなかで立ってたんですが、ひっくり返りそうになりました。世界幻想文学大賞(ファンタジー)とかヒューゴー賞(SF)とかブラム・ストーカー賞(ホラー)とか受賞している世界的大作家のGaimanが、子ども向けの本で「さん~さん~」とかいってるわけです。なりきってるGaimanの声を、皆さんにお聞かせしたい。なんかすごすぎる、オーディオブックの世界、と思いました。

――読んでいてGaimanの声がよみがえってきた。

こんな調子で、私はとても楽しく聞き終わりました。まだまだウケた部分はいっぱいあるんですが、いっぱいありすぎるので省略。1度読んで話がわかっていたから、オーディオブックを聞いて楽しめたのだとは思います。当然そのとき全部ちゃんと聞き取れたわけではないです。わからないところもいっぱいありました。でも、とても楽しかった。

そして、その少しあとに旅行に行ったとき。電車が混んでいて窓の外は見えず、持っていった本も読んでしまって、することのない私は、なんとなくスマホのkindleで Fortunately, the Milk を読みかえし始めました。読んでいて、Gaimanの声の調子がよみがえってくるところもあって、混んだ電車のすみっこでとても楽しく読書してました。3度目っていうこともあるとは思いますけれど。

このとき、洋書を読んでいて、声の調子を再現、というか想像できる楽しさに気づきました。音がわからなくて英文を読んでいるととてもフラットな感じなんですけど、声の調子がわかるようになると、それだけ物語の世界が生き生き感じられます。モノクロがカラーになった以上の差があるんじゃないかと思いました。

――苦痛だったシャドーイングが楽しくなった。

そんなことがあって、音のことも真面目にやったほうがいいかもと思いました。でもそのことを深く考える前に、講座の友人のKさんが、 Lemony Snicket のThe Dark という絵本を貸してくれました。

これは、すごいセレンディピティーだと後で思ったんですけど、この絵本のオーディオブックは、なぜか作者でもないのに、Gaimanが朗読してたんですよ。で、なぜか、どうやってかネットを見ていて、私はそのことを知ったんです。さっそく買って、絵を見ながら何度も聞きました。絵は Jon Klassen ですし。(Kさん、ありがとう!)おさえた感じのGaimanの声がとてもよくて、すっかり気に入りました。この本で、Gaimanと同じ音が出せるようになりたいと思って、本気でシャドーイングをするようになり、モノマネちっくに朗読の練習もしてみました。

そのあとは、シャドーイングがとても楽しくなりました。しばらくはGaiman限定でシャドーイングしてたんですが、他の人の朗読も聞いたり、シャドーイングしたりするようになり、聞き読みもするようになりました。リーアム・ニーソンの The Polar Express の朗読に感動したり、人間カラオケみたいなThe Three Robbersにウケたり、他にもいろいろ。

今では、オーディオブックがないと聞き読みができなくて、つまらないなあと思うようになりました。

――好きな本のオーディオブック、ぜひ聞いてみて。

もし、本が読めればいい、音はどうでもいいと思っている人がいたら、何か、あなたの好きな本のオーディオブックを聞いてみてください。わかるかどうか、じゃなくて、聞いて楽しいかどうかを基準にして。英語のオーディオブックは有名な俳優さんが読んでいるものも多いので、ミーハー基準や声基準で選んでもいいかもしれません。私、今でも聞き取りとか会話は苦手です。でも、オーディオブックは楽しいです。そして、本を読んでいて、その本の語りの声の調子が想像できたほうが絶対楽しいです。

written by pom 翻訳読みから洋書読みを目指してのらりくらりと読書中。文字だけ多読で一度挫折したことあり。やっぱり絵と音と仲間は大事。

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