多読から Tadoku へ

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文:酒井 邦秀

提案した当初は「そんなバカな!?」と言われた多読ですが、今はだれもかれもが「多読はいい」と言い始めました。けれどもNPO多言語多読の多読は、もうその先へ向かって歩き始めています。それが「Tadoku」です。Tadokuは、読むだけではありません。たくさん観て、聞いて、話して、たくさん読んで、書くことで、外国語を母語のように使える道が見えてきたのです。

「多読三原則」をつかった多読

「多読」ということばは昔からありましたが、だれも具体的な道を示しませんでした。そんな中、わたしは2002年に『快読100万語 ペーパーバックへの道』で、多読三原則とやさしい絵本からの道を提案しました。大バッシングでした。無理もありません。三原則は「①辞書は引かない、②わからないところは飛ばす、③合わないと思ったら投げる」というのですから、バッシングは当然でした。けれども、これまでの「英語学習」で何度も挫折を繰り返した人たちが、「藁にも縋る」ように、三原則を利用してやさしい本から読み始めたのです。

すると予想に反して、うまく行ってしまった! そして、数年のうちに何百人という人がペーパーバックを楽しむようになりました。驚いたのはその人たち自身でした―今まで単語の暗記や文法の学習で苦労してきたのはなんだったのだろう!?

なぜ多読が生まれたか

驚いたのはわたしも同じでした。わたしは25年間、電気通信大学や一橋大学や成蹊大学でいろいろな教授法を試しました。けれども学生の力がついたと思えたことは一度もありませんでした。悩んでいたとき、ある学生が教壇につかつかと歩み寄ってきて、「先生、熱心なのはわかりますが、ぼくたち英語が得意だったら電通大に来てません!」と宣言されたのです。つまり「先生、空回りしてますよ」という忠告でした。わたしは、「学生のことがまったくわかっていなかった」と痛感しました。前世紀末のことです。

それ以来、授業で扱う「読解材料」は毎年やさしくなっていきました。そして、これ以上やさしい英語の教材はない、というところまで来たときに、またしても「むずかしすぎます」と抗議されたのです。その次の授業でわたしはちゃぶ台をひっくり返すように、教室に何百冊という絵本を持ち込みました。すると、なんと1年後に、ペーパーバックを読む学生が出てきたのです。

多読からTadokuへ

多読は提案から15年の間にどんどん変わっていきました。変えたのは多読を実践した人たちです。好きな作家を発掘して、新作をまだか、まだかと待つ人、朗読音源を手に入れて聞きはじめる人、DVDやBlu-rayを直輸入して字幕なしで楽む人、老後の楽しみができたという人、親子で共通の楽しみができた人……

多読三原則で「英語学習」から解放され、自分に合ったところから始める「癖」がつくと、いろいろなことに挑戦できるらしいのです。そうしたたくさんの人のそれぞれの一歩が集まって、多読三原則の考え方は、読むだけでなく、聞く、書く、話す、すべてに有効な可能性が見えてきました。そこから読むだけにとどまらないけれども多読の考え方を基にした「Tadoku」という呼び名が生まれたのです。

まだまだTadokuの冒険はつづく!

これまでに何千人という人が多読で新しい世界に踏み出しました。これからはTadokuで音や映像を中心に外国語を身につける人たちが出てくるでしょう。その人たちは文字を通して話し合うだけでなく、顔を合わせて語り合うでしょう。それがTadokuという新たな冒険の目的地です。

多読がたくさんの人を解放し、受け入れられ、新しい道を数限りなく開いたように、Tadokuもたくさんの人に受け入れられるのでしょうか? 日本から世界に、たくさんの人が飛び立っていくのでしょうか? Tadokuの力試しは始まったばかり―楽しみでもあり、ドキドキでもあります。みなさんがわたしたちといっしょにTadokuの冒険に旅立ってくださることを祈っています。

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