YouTube - 多読 ~絵本から英会話へ~

2011年4月 6日
カテゴリ : 多読, 多読亭日乗

さっきまで36時間あまりのうち、起きていたのは4時間もないと思われます。

熱はたいしたことなく、頭もそれほど痛くなくてただぼーっとして、体に力が入らず、
食欲はまったくなくひたすら寝るばかりで、起きるのは下痢の時だけ。

こんな風邪ははじめてです! というわけで、発表が遅れましたが、
3月26日の「最後の授業」の会場で見ていただいた動画がその後も大変な
作業を経て、YouTubeで見ていただけるようになりました。

将来はtadokuについてのさまざまな画像をYouTubeの 多読村 で公開したいと
考えています。

お楽しみに!

  (chi-chan、じゅんじゅんさん、ありがとう!

   なお、Blue Penguin などのキャラクターを使いたい場合はchi-chanの許可を
   得てください。わたしが希望をchi-chanに伝えます。なお、
   さかいペンギンに関するお願い(chi-chan)
   を読んでください!)

【新しい旅立ちへ・・・】 メモ わからない が わからない にメール!

2011年4月 5日
カテゴリ : 多読
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「わからない が わからない」なんていうわけのわからない記事に、
「杏樹」さんからメールが来ました。

読んでくださると、少し「わからない が わからない」がわかるようになるかも?

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The Book Bench の In the News から  New Dr. Seuss

2011年4月 5日
カテゴリ : 多読亭日乗

1950年代に雑誌に掲載され、そのまま本になっていなかった7篇が
まとめて Random House Children's Books から出ます!

http://www.newyorker.com/online/blogs/books/2011/04/in-the-news-poetry-in-motion-new-dr-seuss.html

このページの9つ目のトピック。

【新しい旅立ちへ・・・】 メモ わからない が わからない

2011年4月 4日
カテゴリ : 多読
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【新しい旅立ち・・・】の話題はそもそも「バンク-」さんの掲示板への書き込みから
はじまったのでした。

バンクーさんの訴えをわたしは「ずいぶん多読したのに進歩が感じられない」という
風に解釈しました。そして、そういう人がかなりの数いるにちがいない考えました。

そこから一気に「劇薬シャドーイングのすすめ」に至った途中はこの記事では
省きます。

さらにちょっと飛躍して、「進歩が感じられない」人たちは

  英語がわかるようになった気がしない

のだとすると、以下はその「わからない感」についてのメモです。

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最後の授業 あの日の断片

2011年4月 3日
カテゴリ : みんなの集まり, 多読のパラドックス

3月26日にわたしの最終講義「最後の授業」がありました。
題名はありませんでしたが、

「さかいの常識・世間の非常識」だったか、
「さかいの非常識・世間の常識」だったか、
とにかく多読がどれほど「非常識」な方法か、
それを考えついたさかいがどれほど非常識な人間か、

を、お話ししたのでした。その様子を絵と写真で、ごく一部ですが、ご報告・・・

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【新しい旅立ちへ・・・】 拙速メモ

2011年4月 3日
カテゴリ : 多読, 多読のパラドックス
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拙速の方が、じっくり精読より 「深く」読める という話の続きです。

* リズムに乗れない本は読めない。日本語の本でも。

* リズムは 意味の区切りではなく、「目の区切り」という意見がある。

* 目の区切りが すとんすとん と行かないと、乗れない。

いずれも、リズムなしに、じっくり読むことが必ずしも「深い」読み方に
つながらない可能性を暗示している?

だから、リズムを体で感じるために、劇薬シャドーイング?

【新しい旅立ちへ・・・】 ごく短いメモ 拙速のすすめ(続)

2011年4月 2日
カテゴリ : 多読, 多読的リスニング(多聴), 多読のパラドックス
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多読をインターネットと出版で広めはじめてちょうど10年ほど。
その間に外国語学習の「常識」を覆すような報告が相次いで届いています。

かなり衝撃的だった一例に、

  「読んでわかる速さより速い音声を聞いてわかるはずがない」

というものがありました。これは

Hさんとの会話から思い出したのですが、これは読む場合も同じだと予想しています。

つまり、ゆっくり読むよりも速く読んだ方が楽しめる!

  (「常識」との比較では、

     「ゆっくり読むよりも、速く読む方がわかる」

   と言った方が「常識派」には通じやすいのでしょうが、

     「わかる ←→ わからない」

   という基準の害は非常に大きいようなので、
     わたしがそうした基準で話していると思われることを避けるために、
   上のように表現しておきます。)