facebookに報告しました。
ここ です!
社会人の受講生からはいっぱい学ぶことがあります。
これまでの大学の授業はいかに制約が大きかったか、よくわかります。
外国語を獲得したいという気持ちあり、試験なし、バイトなし、サークル活動少しという人たちの変化を見ていると、こちらが「授講料」を払いたいくらい!?
いずれ研究の結果を発表します。楽しみにお待ちください!!
facebookに報告しました。
ここ です!
社会人の受講生からはいっぱい学ぶことがあります。
これまでの大学の授業はいかに制約が大きかったか、よくわかります。
外国語を獲得したいという気持ちあり、試験なし、バイトなし、サークル活動少しという人たちの変化を見ていると、こちらが「授講料」を払いたいくらい!?
いずれ研究の結果を発表します。楽しみにお待ちください!!
NPO多言語多読の facebook ページに投稿したものですが、この話題にも
直接関わるので、こちらに再掲します。
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きょうある人から「音寄りの人というのはわかるけれど、文字寄りの人っているんですか?」と聞かれて、わたしは「あ、そうだ、なんだかずいぶんいい加減に「文字寄りの人」と言っていたと気がつきました。(ある人、ありがとうございました!)
文字寄りの人、あるいは「文字の人」についてはまったく考えてこなかったので、何も書けませんが、かといって、「ことばはもともと音」という点については、わたし自身まだ骨身にしみてわかってはいなかったと思います。
そこへ、Ai さんのお便りです・・・
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この前の同名記事からちょっと時間がたったので、念のため一連の記事で
わたしが言いたかったことを再掲しておくと・・・
語数を追いかけて字ばかりの本を読むよりも、 絵や音や映像のあるやさしい言葉を使った<本・manga・アニメ・映画・テレビ・ドラマ・実生活・仕事>(時には総称して「やさしい絵本」)をたくさん吸収する方がはるかにことばの獲得にはよさそうだ・・・
で、その方針を裏書きするような感想が二人の人が洩らしていたので、紹介します。
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多読村はNPO多言語多読のサイトになりました。
まもなく装いも新たに新サイトになります。お楽しみに!
(ボランティア活動としてサイトの模様替えをお願いしています。
いろいろなことがあって、予定通りには行きませんが、
予定通りに行かないところは予定通り・・・!)
で、NPOになって、日本語多読についても記事が増えています。
今回の報告は前便の T さんの「多読支援の喜び」に似ています・・・
多読があなたの隣にいる外国育ちの人の力になるかもしれないのです。
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引き続き、「多読と受験」の結果をお知らせします。
T さんが I くんの多読を支援し始めたのはたしか2年前。
強烈に詰め込みの中高一貫校で、I くんはすっかり英語嫌いになっていた。
T さんから最初に少しだけ相談を受けましたが、その後はT さんの
やわらかな支援もあって、この春 T くんは希望の大学へ・・・
でも、T さんにとっては(そして多読支援をする人たちの)いちばんの喜びは
第一志望の大学に合格したことではない・・・
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facebookに報告してきました。
ここ です。
社会人のみなさんの意欲と、たくさんの素材がある環境はこれまでにない
研究材料を提供してくれます。
NPOの講座といういわば理想に近い場で何が起きているかを報告しています。
これからも講座でたくさんのことを観察して、発見して、みなさんの参考にしてほしいと
考えています。これからも報告に注目してください。
「katobushi」さんがフォーラムで「音と文字のバランス」というトピックを立ち上げて、
わたしの言う多読・tadokuは
「根本的なところで、tadokuはかなり「文字より」なんだと感じた 」
と書いています。なるほどわたしは「絵が大事、音が大事」と言いながら、
いまわたしがやっていることはかなり「文字より」だとあらためて思いました。
そこで、上のリンクで書いたように、もっともっと「音より」に舵を切っていきます。
もちろん、「音寄りに近づいていく」のではなくて、「音から出発」できればいちばんいい
のでしょうけど、 そこは「文字から出発」したさだめ、おたおたもじもじした動きは
「音よりの人」から見るともどかしいこともあるでしょう。
ま、わたしとしては必死で軌道修正していると思ってください。
でも、これは軌道修正が停滞していると見えたら、ぜひまた電気ショックを与えてください!
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ところで、「音寄りの人、文字寄りの人」という区別もスローガンです。警戒しなければいけません。
二つの種類の間はおそらく色合いが無限にあるはずです。
自分にしろ、ほかのひとにしろ、音寄りの人、文字寄りの人と決めつけないようにしましょう。もちろんわたしも気をつけます。
(かつてはずばり「音の人、文字の人」という二分法の言い方もしました。「音寄りの人、文字寄りの人」という言い方はそのあたりに気を遣ったものと考えてください。)
こんな「区別」はこれまでの「外国語教育」ではだれも話題にしていないだろうと思います。
世界では外国語をまず音として吸収して、それから音として発するのが普通だろうからです。
わたし自身ここ数年気にしはじめたことでもあり、だれもそんな区別の「妥当性」、つまり本当にそんな二種類の人がいるのか、二種類ははっきり違うのか、どの程度違うのか、といったことは知りません。
多読による外国語獲得がわたしの中では以前として仮説であるように、「音寄りの人、文字寄りの人」も仮の区別です。
投稿してきました!
ここです。
単に「はじめて」を記録しておくだけですが・・・
きょう、4月18日午後5時からの日本テレビのニュースの中で、
全国の高校で「英語による授業」が始まったことがニュースになって、
小松川高校の一井さんの授業が大きく採り上げられていました。
その中で多読についても結構な長さ(2分か3分?)の紹介がありました。
全国規模のテレビ放送で多読が採り上げられたのははじめてではないかな?
これも多読が広がる段階から浸透する段階に入ってきたということなのだろうか?
よいような、わるいような・・・ ま、がんばって「よく」しないとね!
一井さん、ご苦労さまでした。よかったよ!
(おっと、がんばって「よい多読を広めよう」というのではありませんよ。
そう簡単に広げることはできません。広がりの中心をしっかり保持していこうという
ことです。広がれば広がるほど薄くなります。わたしたちの仕事は中心をしっかり
保持して薄めないこと。それを受け入れるかどうかは世間の仕事。
広げようとして無理をすることはありません。)
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