780_多読亭日乗

こんなもの見つけた!

http://hrpkaomushi.blog123.fc2.com/blog-entry-153.html

二つのよいことが

放っておくことと、放っておくこと

一つは答えずに放っておく、

も一つは息子を放っておく。

(わたしの経験では、放っておくって、そう簡単ではなくて、
   ほとんど無理! わたしも放っておいたつもりだったけれど、
   本当に放っておいたのではまったくなかった・・・
オーラさえ消せていなかった・・・ と思っております。
あおむしさん、がんばれ!)

入試はそれほど大事か?

世の中は数字へ数字へと突っ走っているようです。
TOEIC狂いもそうだし、資格試験の大流行も同じ熱狂のように見えます。

おととい(14日)のセンター試験で配布ミスがあったとかで、
わたしが毎日見ている朝日新聞はきょう(16日)の朝刊第1面のトップで

配布ミス 4500人影響

という白抜きの大見出しを掲げています。

配布ミスは朝刊の第1面のトップを飾るほどの大事(おおごと)・・・?

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「かのん」さんの記事にある人が・・・

かのんさんのブログを紹介したら、反響があちこちからやってきました。

きょうはある人から届いたメールから・・・

多読がきっかけで、何かを始めるときに気負いや、プレッシャーみたいなものも薄らいでいます。
多読三原則を、他にもあてはめて。
結局無理はしない!
ということだと勝手に思っています。

和書でも常に読むことはないので、洋書なら当然なんだとも思えるし。

・・・ね、「多読は成熟期に入った」とわたしが書いたことが納得できるのでは
ありませんか?

多読が引き起こした熱狂と興奮が静かに静かに落ち着いていって、
いまはすっかり生活になじんで、特に大事なことでもなくなり、
忘れてはいけないと肩肘張らなければいけないものでもなくなり、
ほかのさまざまな日常のことと同じ温度になってきた・・・

けれども毎日から消えたわけではなく、折りに触れ、気持ちにゆとりができると
ふとそこへ戻るもの・・・ そしていつも同じ微笑みとともに迎えてくれるもの・・・

(「ある人」さん、メールをありがとうございました・・・)

New Yorker誌のブログ The Book Bench から

このブログには In the News という連載記事があって、本に関するニュースを
世界中から拾ってきてくれます。本好きにとっては実にコンパクトな情報源です。
しかもわたしには見事ツボ!というニュースの紹介が少なからずあります。

それでしばらく前からわたしは「紹介の紹介」をしてきましたが、
はじめて日本の記事が採り上げられています。

http://www.newyorker.com/online/blogs/books/2012/01/in-the-news-real-recommendations-gone-with-the-windex.html

このリンクをクリックして、In the News 本年第1号のリストで、
上から二つ目のリンクをクリックすると元は毎日新聞の英語版に飛びます。

そしてそこから日本語の記事にも行けます。

で、この人の読書相談は多読の読書相談とそっくりです! というオチ・・・

「かのん」さんの記事に「さめちゃん」が・・・

一つ前の記事でわたしはかのんさんが多読(多聴)のことを

安心できる。ひさしぶりに会う友達に、変わってるんじゃないか、ってどきどきしなくてすむ。安心して会える友達、って感じ

と書いていることを紹介しました。

すると福岡の英語の先生「さめちゃん」からメールがあり、スキーのことを思い出した
とのことで、読めば読むほどほんとだ、多読とスキーはそっくりだ!と思えてきます・・・

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「国はなくてもいい」! 訂正あり!!

きょう12月6日の朝刊1面に「国はなくてもいい」という記事がありました。

やっと・・・ とわたしは思いました。

「国家」はもちろん「国」は用無しにならなきゃいけないとわたしは感じています。
最初にそう思ったのは10年近く前、前年にオックスフォードで知り合った青年が
ブリティッシュ・スクールで先生をやるために東京に来て、
それからしばらくしてまた東南アジアのどこかに転職していった時でした。

そのすがすがしさ、さわやかさは、「ああ、この人には国籍なんて関係ないんだ」と
思わせるに十分でした。

飛行機、テレビ、インターネット、地球環境問題、経済--どれをとっても
国や国家の境目を越えたものであることはよく知られていると思いますが、
個人のレベルでも「国」の境目がぼやけてきたのだと、
その時つくづく感じたのでした。

それから以後わたしはいつも頭の後ろの方で、
「国」がなくなる傾向がたしかなものかどうか、いつも気にしながら世界のニュース、
国内のニュースを見てきたような気がします。

そしてきょうの大新聞の記事・・・ わたしはこれが「国の終わりの始まり」を
告げる雄鶏の声であることを祈ります。

(世の中に「国」と「宗教」がなければ戦争は半分に減るのではないか?
どちらも支配者が被支配者を戦争に駆り立てる時にのよい口実になってきた。)

残っていいのは「くに」だけではないでしょうか? 
ふるさと、という意味の「くに」はなくなりようがありません。

おっとここから先は非常に長い議論になるので、きょうはここまで。

The New Yorker誌のブログ から--本のsculptures(彫刻?)が戻ってきて、去って行った・・・ フォーラムと同時掲載

いくら探しても見つからないのですが、スコットランドの首都エジンバラの図書館に
本で作ったsculpturesが現れた、という記事を書きました。

その続報です。

いいなあ、こういう遊び!

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日本の将来・・・ 暗い? 明るい?

滅多に書かない内容ですね。

きのうアメリカから来た友だちと谷根千を散歩して、六義園のライトアップなどを
楽しみつついろいろ話して・・・

その中で、日本の将来という話が出たので、そのことをメモしておきたいのと、
そこで言い忘れたけれど、次に会ったときには必ず付け足しておきたいことを
メモしておきます・・・

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朋あり遠方より来たる 亦楽しからずや

多読の最初の試みは立川高校で非常勤講師をしていたときでした--40年前。

大学の授業では一橋大学で、不発に終わった試みがありました--30年前。

今の形の、つまり多読三原則を利用して絵本からはじめる多読は10年前から。

一橋大学の時の教え子が facebook を使って連絡をくれました・・・

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リアナさんと夏時間とウンベルト・エーコ

きょうは午前11時からリアナさんおしゃべり会のはずでした。

リアナさんは昼の12時ちょうどに現れました。
(というのはもちろんSkypeに現れたのです。リアナさんの住まいは北米!)

「夏時間はいつ終わりましたか?」とたずねると、「数週間前」とのこと。
先週はリアナさんおしゃべり会が中止になったので、
夏時間が終わって日本時間との差が1時間ずれたのでしょう。

(来週の時間は、

フォーラムの「みんなでおしゃべり」の「リアナさんおしゃべり会」

でお知らせします。ご注目を!)

で、きのうの夜わたしは iPhone Kindle にウンベルト・エーコの「プラハの墓地」を
ダウンロードしました。ウンベルト・エーコといえば、小説の処女作が「薔薇の名前」で、
2作目は「フーコーの振り子」。

この2作目がとってもおもしろい小説で、中世の秘密結社がローマ教会に弾圧されて
地下に潜って雌伏し、何十年後だったか、何百年後だったかのある日に、
再結集しようという誓いを立てる。

結束の固い秘密結社の末裔たちは本気でそんな長い歳月のあとに
会おうとします。ところがローマ教会は(秘密結社の再結集を阻止しようと
したわけではないのだけれど、グレゴリウス歴だかなんだか、暦を変えてしまい、
末裔たちは誓いの「ある日」がいつだかわからなくなる・・・

フーコーの振り子はパリにあります。
ながーいコードの先についた重い金属球がゆっくりと振れて、
地球は回っているのにフーコーの振り子はその影響を受けずに一定の軸沿いに
振れ続ける・・・

きょうのリアナさんとのすれ違いから、わたしの思いは地球規模へと
広がったのでした。

なお、エーコの「フーコーの振り子」はその陰謀の規模の大きさで
「ダ・ヴィンチ・コード」をしのぐかもしれません。