第7回 多読支援セミナー 《日本語分科会報告》

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今年の日本語教育関係者の参加人数は56名。
午後1時半から、分科会を開催しました。

日本語多読の歩みと現状

最初に、粟野が「日本語多読の歩みと現状」の報告をしました。

2年ほど前から、国内外で多読素材の開発が行われるようになってきましたが、この傾向は昨年度も変わらず、多読向け読み物の公開を始めた新ウェブサイト情報をアップデートしました。
立命館アジア太平洋大学の先生方も地元大分県に特化したオリジナル多読向け読み物を作成し、会場で展示もしてくださいましたし、仙台国際日本語学校の遠藤さんから新シリーズ「にほんごでよむ熊本」の紹介もありました。

このように多読教材が広がってきたのは、多読の重要性が認識され、それとともに素材不足への取り組みが本格化してきた結果でしょう。今後も、この取り組みや世界で行われている多読実践の状況をとりまとめ、広く発信していきたいと思います。

また、当NPOの「にほんご多読特設サイト」のお披露目も。
まだ、一部しか公開していませんが、なるべく早く内容を充実させていきたいと考えていますので、よろしくお願いします。それまで従来のサイトを変わらずご利用ください。

次に、毎年恒例の多読授業実践報告。今回は4人の方にお話ししていただきました。

①「大学別科入門・初級クラスでの多読実践~ひっそり始めてただいま発展中」拓殖大学別科・大越貴子さん

2017年度より入門・初級クラスに多読を導入された過程を詳しく話してくださいました。
「読解授業」の中で「ひっそりと」多読を行い、成績には「多読」は入れないことにしたそうです。その結果、「楽しむ」「リラックスする」という本質を外さない多読が実践されたようです。ご自身も英語多読を実践され、多読のファンであったということも大きかったのだと思います。学生たちは、N4・N5の読解問題をするときは、ほぼ全員が自然に「辞書を引かない」「わからない言葉は飛ばして」読めるようになっていたというコメントが印象的でした。
また、ブックトークなどinputをoutputにつなげる活動は必須で、個人の読書が、reading community へ変わり、学習のモチベーションも上がるとの報告もありました。

②「日本語多読実践報告」学芸大学・桂千佳子さん

桂さんは、多読に興味を持たれ、昨年5月、当NPOが主催する「英語多読無料体験会」を始め、「多読授業とリライト講座」、「読み物作成会」、「支援者セミナー」と次々に参加されました。そして、トントン拍子で9月に学芸大学の3つのクラスで多読授業を受け持つことに。初めてなのにいきなり3つのクラスでの実践ということで、不安もたくさん抱えていらっしゃったと思いますが、12月の「多読授業相談会」にも参加されたり、自ら英語多読を始めるなどその熱心さでよい実践につなげられたと思います。
以下は桂さんのハンドアウトからの引用です。

3.学生の様子および感想  

“楽しめる本”の個人差は予想を大きく超えていた。
人気のあった市販本:*日本文化、歴史に関するもの。神話、妖怪や鬼の話、昔話(ダントツのニーズでした)
*科学などのノンフィクション
*生き物関連の本:猫や犬などが登場する物語、生き物に関する事典や解説本
毎回提出させた「多読の記録」(英語可)などから、誰がどの本をどう楽しみ、どんな渇望を感じているのかが思った以上に伝わってきて、途中からの追加本選びに大きく貢献した。

多読は、「教師と生徒」という関係ではなく、一対一の人間関係に近い関わりを築く
ここまで学生個人個人の個性を感じたことは今までなかった。

レベル別教材は楽しい公園、市販本はジャングル
レベル別教材のみで始め、そのバラエティと面白さに驚き、そろった状態からの多読実践に心から感謝した。それもあって、市販本に躊躇してしまったが、導入してみると、学生たちの高揚感が伝わってきた。それにもっと応えたくなり、周囲への声かけや図書館のリサイクル資料などで追加した。そろえることも、毎回の準備も大変だった。が、アンケートに「色々なジャンルの本があって楽しかった」と何人もの学生が書いていて、大きく報われた。

③授業実践報告「絵本から始める多読~上級クラスへの試み」横浜デザイン学院日本語学科・津金和代さん

横浜デザイン学院日本語学科では多読研修を実施して以来、複数クラスで多読授業に取り組んでいます。津金さんは2017年に多読授業を担当したものの、上級クラスでは、辞書から離れられない、読む気のない学生がいて授業がうまくいかなかったそうです。そんなとき、昨年8月の多読支援セミナーに参加して出会ったのが、「絵本」。
そこで、上級学習者にさまざまな絵本を見せ、多読のウォーミングアップをしたところ、絵本にも興味をもち、多読に集中する学生が増えたそうです。
例に挙げてくださったのは、「は・は・は」(せなけいこ/廣済堂あかつき)。「はなちゃん」「88円」「歯ブラシ」「はちみつ」・・・と次々に「は」のつくものが並んでいます。日本の子どもが、それを見て「は」のつく言葉を考えて楽しむのと同じように、上級の学生も「は」のつく言葉が並んでいることに気が付くと、思いついた言葉を口々に叫び合い、おおいに盛り上がったそうです。
私たちは、入門レベルの学習者に絵を見てもらいながら、日本語の世界に誘うという導入をしますが、すでに言葉をたくさん知っている上級の学生ならこのような言葉遊びの絵本を楽しめるのですね。同音異義語、オノマトペ、リズムを題材にした絵本を読むと、日本語の特質に触れて、生の日本語をより深く吸収することもできるでしょう。文法や語彙力で読む「読解」を離れ、「本」を純粋に楽しむ心を育てるのにいいアプローチだと思いました。
学生に人気のあった本も紹介してくださいました。

「どいてよへびくん」(五味太郎/偕成社)
「ててててて」(五味太郎/偕成社)
「まさかさかさま」(伊藤文人/サンマーク出版)
「大きな木」(シェル・シルヴァスタイン/あすなろ書房)
ことばのからくりシリーズ「ぼくらは赤いあかうさぎ」(大津由紀雄/岩崎書店)
ことばのからくりシリーズ「つかまったのはだれ?」(大津由紀雄/岩崎書店)

④「『多読の時間』3年間の歩み」横浜市国際交流協会・山田敦子さん

「多読の時間」は、横浜のみなみ市民活動・多文化共生ラウンジでの試みです。横浜市南区は定住する外国人が多い地域だそうです。
多読を取り入れようと山田さんたちが考えた背景には、いま「地域日本語教育」は、学習者と教育者という旧来の構図から、外国人と日本人も同じ地域の住民として共生、協働を目指すという流れの中にある、ということもあったそうです。
2015年度にまず、私たちNPO多言語多読のスタッフによるボランティア研修(1回目2回目)が行われました。その後、ボランティアさんが多読を授業に取り入れる動きは鈍く、いつの間にか通常の授業になってしまうという傾向があり、2016年度には多読クラス立ち上げを念頭に、再度、研修(1回目2回目)が行われました。その時は、実際に大人や中高生の学習者に来てもらい、多読する様子をボランティアさんに観察してもらいました。
このときの学習者の反応をもとに、その後実際に「多読の時間」が始まりました。
ここに至るまでの2年にわたる準備もさることながら、多読の概念の説明を多言語で行ったり、完読賞を作って子どもたちのモチベーションを高めたり、参加しやすい曜日や時間の試行錯誤など実施にあたっても工夫をいろいろされています。
大人も子どもも参加できる「多読の時間」で、小学生が「大人はこういう風に本を読むんだ!」と落ち着いて本を読むようになったエピソードや、「大切にしているのは『居場所』『信頼関係』『寄り添う、見守る』『自ら学ぼうとすることを信じる』」という言葉が心に響きました。

*報告はどれも中身が濃くて貴重なものでした。おひとりの発表時間が10分程度と大変短く、質疑応答もできず、みなさんに申し訳なく残念でした。場を改めてまた報告していただきたいと考えています。


ワークショップ「多読支援とは?」

さて、短い休憩の後は、再び、8つのグループに分かれてのワークショップです。例年と違って、大学、日本語学校、ボランティア教室など教育機関もさまざま混在するグループ分けでした。
多読についての疑問や質問など、まずはどんどん付箋に書きだしてもらいました。
その作業が済んだら、自己紹介をしながら、模造紙に付箋を貼っていく作業です。各グループに多読支援者と支援経験がない方が混在していたので、未経験者の質問に経験者が答える形になったグループが多かったようです。

話し合いの一部を紹介します。

・多読が日本語学習の動機づけになるか?
・継承語教育に多読がいいのではないかと思うが、効果は?

→多読はぜひやるべき。
→多読学習にも学習者個人の向き・不向きがある。

・多読授業はどんな形でやるか?
→最初から授業はハードルが高いので最初はサークルで始める方法もある。
→一方、サークルだと人が集まらない。モチベーションの維持が難しい。場の提供も難しい。授業だと気の進まない学習者も参加する。

・多読の具体的なやり方は?
→絵なしの本、写真本からはじめる。
→支援者が一緒に読む。辞書を引かずに楽しく読む。ブックトーク。映画、マンガ、歌。とにかく嫌いにさせない。親御さんを巻き込む。シールポイントなどで努力賞。

なぜ、文字のないものから?
→絵を見る習慣はこれから多読を始めるのにとても大事。
→辞書を引かずに読み進んでいくための最初のトレーニング。
→場をしっかりつかむための大きな手がかり。

・どんな本を揃えたらいいか?
→まずGR、絵本はML上のリストを参照のこと。
→レベル0の中での読みやすさレベルをつけてほしい。情報系のものはレベル0でも難しいので。特にボランティア教室で使うにはさらに詳しいレベル分けがあると便利。
→ミステリーや怖い話が人気がある。

ブックトーク・シェアは必要か ブックトークの工夫は?
→レベルや対象者にもよる。ボランティア教室では無理させない。
→最後にブックトークをさせたり、感想などを書かせたり、ロールプレイをさせたり、とアウトプットにつなげる工夫はしたい。

学習意欲の低い学習者をどうするか?
→スマホなどでなら読むのではないか

・やさしいものを読みたがらない学習者をどうするか?
→学習者の母国の話(最近のニュース)をリライトしたものには「食いつき」がいい。

50分の話し合いが終わったところで、提言「多読支援で大切なのは、○○が○○すること」をグループごとに考えてもらいました。

あるグループの提言は、「多読支援で大切なのは、学習者に多読を理解してもらうこと」でした。
学習者が多読の目的や多読を理解していると、多読は断然うまく進むに違いありません。なるほど、と思いました。
他の7つのグループは、ほぼ同様の提言にたどり着きました。
それは、「多読支援で大切なことは、学習者も支援者も楽しむこと」でした。

「楽しむ」という言葉がでてきたところがすばらしい! 多読の肝をみなさんよく理解してる、と感激しました。

朝からよくしゃべったセミナーでしたが、時間配分など運営面での反省もいろいろあります。
来年は準備を早め、プログラムを改善し、より多くの方に参加してもらえるよう頑張ります。
みなさん、来年、またお会いしましょう!
(粟野)


参加者の声(アンケートからの抜粋)

  • 大学や日本語学校など、それぞれ違う環境ならではのお話が聞けて良かったです(同意見多数)。
  • 実践例がとても参考になりました。ブックトークなどの例が分かりやすくてよかったです。
  • 実践報告が参考になりました。いろいろな方が熱意をもって取り組んでおられ、励みになりました。
  • 支援未経験なので、実践報告を聞いて具体的なイメージがわきました。学校での多読授業をどのように立ち上げたのかもう少しおうかがいしたかったです。(ちなみに日本語学校勤務です)
  • 実施している話をもっと聞きたかった。みなさん活発に意見を出してくださって様々なバックグラウンドの方と情報をシェアできたのは大きな収穫となった。おすすめの絵本の教師のブックレビューやリストが共有できればと思う。最後の提言はとてもよかった。
  • 実践報告の時間が短く残念に思いました。QAの時間であったり、動画での紹介などいろいろおたずねしたかったです。
  • イントロを母国語で!という意見が出て、特に賛同しました。他の場所で教えている方とディスカッションできてよかったです。
  • ゼロ初級に多読を導入するときの支援方法、授業で困ったことなどを共有できてよかったです
  • ワークショップの時間の区切りが不明だったので、時間配分を知らせる形のほうが、50分全部話して下さいより、いいと思う。
  • いろいろな方々に支援されている方たちとお会いして、多読について多角的に考えることができてとてもよかったです。
  • “津金先生のレポートには目からウロコでした!
  • 私が行っている授業と似た発表があったので、大変心強かったです。絵本多読でウォーミングアップする活動はぜひ参考にさせていただきたいです。
  • ブックトークの新たなアイデアをいただきました。ビブリオバトル、気に入った本のポップアップ書く、レベルを混ぜて、ジャンル別に本を置くなど。
  • 同業(日本語学校)の現状が知りたかった。
  • 時間が少ない・・・
  • ざっくばらんに、それぞれの体験の中から日頃の悩みが話せる場は貴重だと思いました。
  • 教室の外の読み、実践報告をどうにかして教室外のことまで広げられないだろうか・・・教室で完結してしまっている。その後のケアを考えたい。
  • 多読を楽しむ、教師も学生も・・・という点が印象深かったです。
  • 子どもも大学生も同じだという発見が目からウロコだった。考えてみれば当たり前なのだが。多読はその人の原始的、本質的なところへのアプローチだとあらためて実感した。
  • 日本語支援の際に大人にも絵本を使った方法が有効だと分かり安心しました。グループワークで多読(Tadoku)をする方法論を色々とアドバイスいただけました。