「語数より冊数?」 芸術絵本の力

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ここの話題の一つの主旨は

字だけの本や挿絵入りの本ばかり読んでいると語数は積み上がるけれども、
現実に存在する人や物と結びついた読書が少なくなる。だから絵本をいっぱい
読みましょう、楽しみましょう!

ということですね。 

で、絵本の力を如実に語る文章を紹介します。

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YYYさんはある私立女子校で多読の授業を行っています。

その学校の校内誌に書いた文章をだいぶ前に送ってくださったのを発掘いたしました。

絵本で広がる英語の世界

YYY

私は授業の度にごろごろとキャリーバッグを引いてきます。あの中に何が入っているかご存知ですか。実は英語の本が何十冊も入っています。英語の本といっても分厚いペーパーバックではありません。英語の絵本や児童書が毎回違うラインナップで詰まっています。それらはすべて『英語多読』の授業で読んでもらう本です。まず楽しく継続できる英語勉強法のひとつとしての多読を紹介します。

 

多読

私が授業で実践している英語多読とは、英語を母国語とする人が幼い頃から少しずつ本を読むように、私たちも読んでいこうという方法です。いくらネイティブスピーカーでも生まれてすぐにHarry PotterやTwilightなどが読めるわけではありません。簡単な絵本から始めて次第に語数の多い本へとつながるのです。多読でもゆっくりと無理なくレベルを上げていって自分が読みたい本を読めるようにします。憧れの本をサクサクと読めた時の満足感はとても大きいものです。

 

多読3原則

多読には3つだけ守るべきルールがあります。多読3原則と言われています。①辞書は引かない ②分からないところは飛ばす ③つまらなくなったらやめる。①は知らない単語に出会う度に辞書を引いていると物語が楽しくなくなってしまうから。②は前後の文脈から、または挿絵から類推して読んでいくこと。そして自分が楽しいと思えない本だったり、今の自分の英語のレベルに合わない本だったりする時、読書はちっともはかどりませんよね。そんな時は迷わず③やめるのです。つまり物語を楽しめる易しい本から読むということです。

 

この3原則を聞いて、こんないい加減な読み方で英語力がつくの?と心配になるかもしれません。でもこの原則に沿って読んでいくと、気楽にたくさんの英語に日常的に触れられるのです。英語の教科書の語数は1冊につき1万語もありません。英語に触れるにはラジオ・テレビ講座、英会話学校など他にも様々な方法がありますが、楽しく継続できるかどうかも重要です。自分が心地よい方法で英語学習をすればよいので、この多読が一人でいつからでも始められる英語学習法のひとつの選択肢ととらえてもらえるとうれしいです。

さて、多読とは何かをざっとご理解いただいたところで、私が多読に出会った経緯と多読のお陰で出会った絵本の魅力について書きたいと思います。

 

多読と出会い、絵本の魅力にはまる

10年前、私は市の子育て中のお母さん向け英語学習再開講座の講師を依頼され、親子で楽しめる絵本を使った授業をしていました。講座終了後も英語学習を続けたいという受講生のために、楽しく学習が続けられる方法を模索していました。その時に電気通信大の元准教授、酒井邦秀先生の『快読100万語!ペーパーバックへの道』という本に出会いました。酒井先生は先の3原則の提唱者で、日本における英語多読学習法のパイオニアです。これはおもしろそう!やってみたい!と思い、実際に自分で多読をしてみたらすっかりはまってしまいました。英語力もついた(TOEICの点数も伸びた!)こともうれしいことでしたが、何より絵本に魅了されました。それまでも絵本は好きでしたが、あくまで子供と一緒に読むもの、もしくは子供が読むものと捉えていました。絵本は文字だけの本と違い、絵が物語を語ってくれること、未知のことを視覚化して提示してくれること、何より絵本は自分で手にとって何度も眺められる芸術作品だと思えました。子どもの本と侮るなかれ!意外に難しい知らない単語が出てくるし、表現も研ぎ澄まされた美しいものや愉快なものが多いのです。でも多読をしていて絵本に魅了された最大の理由は、英語力のほかに素晴らしい副産物があったことです。

その副産物とは、その言語を話す社会、文化、歴史的背景を文章とともに絵で知ることができることです。30代の時に夫の仕事の関係でアメリカに2年ほど住みました。その時に経験した様々のことが、多読で出会った数々の絵本を通して追体験でき、その奥にあった意味を理解することができました。アメリカに行く前に読んでいたらと何度思ったことでしょう。

例えば、アメリカに行ってすぐのこと。家の近くを娘と散歩していたら、道で出会った近所のおばあさんが話しかけてきました。娘と同じくらいの孫がいると言うのです。その次に飛び出た言葉のなんと衝撃的なこと。その孫は養子で、白人だから高かったのよと値段(確か2万ドル)まで言うのです!返事もできずに絶句。その後”Tell Me Again About the Night I Was Born”という絵本に出会いました。自分が養子であることを知っている3歳ぐらいの女の子が、自分が生まれた日に遠くからパパとママが飛行機に乗って迎えに来てくれて、とても幸せな気持ちで自分をおうちに連れ帰ってくれた日のことを何度も話して!とせがむ絵本です。もしこの絵本を読んでいたら、あの初対面のおばあさんに「初めて彼の顔を見た時はどんな気持ちがしたの?」「幸せな気分だった?」とたくさん会話ができたのに。絶句する必要なんてなかったのに。

また、近所でガレージセール(フリーマーケットのようなもの)がありました。ひとり暮らしのおばあさんが老人ホームに入ることになり、家のものを全て処分するところでした。初めてのガレージセールに興奮していた私は、大きな素敵なダイニングテーブルとイス一式を買うことにしました。多分いつもよりおめかしをして椅子に座っていた白髪のおばあさんが涙を浮かべてテーブルをなでて言いました。「あなたが買うのね、大切にしてね。」そんなおばあさんに軽く返事をしながら、いそいそと運び出す私。頭の中はラッキー!という気持ちでいっぱい。のちに”The Old Woman Who Named Things”という絵本を読みました。家族や友達もみんな死んでしまいひとりで暮らしているおばあさんが、孤独を埋め合わせるように、ベッドやイス、車などの「死んだりしない物」に名前をつけて「一緒に」暮らしています。そこにある日一匹の野良犬が迷い込んできて……というお話ですが、この絵本を読んだ時に、あのガレージセールのおばあさんを思い出して涙が出ました。おばあさんの気持ちをちっとも理解していなかった自分、他者への共感を持ち合わせていなかった自分を恥じました。もしこの絵本を読んでいたら「このテーブルに名前はある?」「どんな思い出があるの?」といくらでも会話ができて、「大切にします。」とちゃんと約束できたのに。英語の絵本を読むと、感情と英語表現の密接な関係を理解できると実感しました。絵と物語の力なのでしょう。

アメリカの生活、行事、人種問題、宗教など様々な面で多読を始めた後で深く理解できた例は枚挙にいとまがありません。多読を始めてからますます絵本を読むのも集めるのも速度が増し、今では毎日何かしら読まないといられないほど大好きになりました。

もっと早く多読をやっていればよかったと残念がっているだけではありません。多読を始めてから、また絵本に魅了されてから、やっていてよかったという体験をたくさんしています。それについてはまた次の機会に!

ネイティブスピーカーの子どもたちが体験していくことを、英語の絵本を通して私たちも体験したり感じたりすることで、その場に応じた生の英語表現を学ぶことができ、深く社会背景を理解することができると思います。みなさんも多読をしながら絵本の魅力に触れてみませんか。

絵本は動かないけれど、音も出ないことが多いけれど、作家が心血を注いだ作品は
じっくり味わうと、非常に豊かな体験をしたことになりますね。

(その副産物として、絵本に使われている 言葉が染みこむ・・・

なお、わたしの三原則は「つまらなくなったらやめる」とは言っていません。念のため・・・

このごろわたしはJulieさんの表現を借りて、「自分に合わない本は投げる」という
ような言い方をします。多読を始めたばかりの頃は「つまらない」とか「おもしろい」と
感じる余裕がないことがよくあるからです。