多読はここまで来た! その九 言葉の獲得は物語から語へ

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これまでの常識では、言葉の獲得は小さい単位からはじまります。そして次第に大きな単位へと積み重ねていきます。
ところが、多読は大きなところからはじめて次第に小さな単位へと焦点が定まっていきます。
ちょうど逆ですね。ということは、非常に意味の大転換であるはずです!
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単語を覚えることからはじめるいままでのやり方、「文法の基礎」を理解してからはじめる学校のやり方は、きわめて自然に思えます。小さいところから積み上げるのは、大事を成そうというときの常道です。
  コツコツ、地道に、継続は力なり・・・ 
それに対して多読は、
  ワサワサ、どかーん、楽しくなけりゃ続けてもねえ・・・

どう考えてもまっとうな方法とは思えませんね。だから初期に多読をはじめた人たちはみな「半信半疑あるいは全信全疑」だった。わたしだって、多読三原則ははじめのいーっぽの勢いづけのようなつもりだった・・・
ところが(それまでの英語学習法がどれも成果を挙げないので)やけになって言い出したことが、なんと大当たりだった! 大当たりどころか、金の鉱脈を掘り当ててしまった!! 次から次へととんでもない発見が続いています。
「その九」は細かく例を挙げはじめるととんでもなく長くなります。みなさんが掲示板やオフ会で語ってくださったことはほとんど全部この項に当てはまります。だから、実例は挙げますまい。みなさん一人一人が胸に手を当てて考えくだされば、いくらでも「個から全体へ」ではなくて、「全体から個へ」なのだという例が見つかるはずです。
本を読んでいて、知らない語の役割(意味)がわかった、というのは典型的な例ですね。「語は世界のかけら」だから、語だけ見ていてもその役割(意味)は出てこないのですね。
(本当は全体と個の関係はわたしにはわかっておりません。
 全体から個へ、だけでなく、個から全体へ、も考えなきゃいけな
 いんでしょうね、本当は・・・(本当は?) そこで、ホログラフィック・
 アプローチというのを考えているのですが、これは「多読でどこまで行く?」の
 話題ですね、開村後の。)