意識的学習と無意識的学習・・・ これはこのサイトの永遠のテーマです。(わたしの本来の表現では、意識的な作業は「学習」で無意識のうちに行われるのは「獲得」ですが、わかりやすいようにこう表現します。)
今回はそれが「発音」について出てきましたが、「グリーン」さんの自分を振り返っての感想に、わたしは「なるほど・・・」と思いました。わたし自身が、意識的に音を出すことから完全には抜け出ていないからだと思われます。
健 高下駄さんのシャドーイングの質問について、子供式を体験しないでここまできてしまった私がメールするのも憚られるのですが、もしなにかお役に立てればと思いメールします。意識しなくていい、という酒井先生の言葉はわたしはとても納得します。
日本式英語教育の弊害なんだろうととても思います。ひとつひとつの音や単語限定で発音させる、または発音記号問題がテストにある、というものです。まずこれを捨てるための手段とて有効なのがシャドーイングなんだと思います。音ではなくて一番大事だと私が思うのは、強弱をつけること、そしてそれから生まれる英語リズムです。ストレスをおくところは極端と思えるくらいおく、おかないところは音を出さないくらいの感覚でやっても最初なら十分遠慮した英語になると思います。これを遊ぶつもりで、いっそ顔を上げ下げしながら、強く聞こえたところだけそのまま音に出してみる、こんな感じを続けると英語リズムに近づくのでは?まずリズムと強弱を真似るのがシャドーイングで、音を真似るのではない、と言う感じでしょうか?だから意識しなくてもいい、意識すると単語の発音練習になりがちです。THの音が出せるとか、Rだ、Lだ、という事から入らない。意識するとその音の前で口が構えるからシャドーイングが止まっちゃいます。リズムがでてくると音も近づいていく気がします。
個人的意見かもしれないんですが、リズムを掴んでいる人の英語はRとLが多少曖昧だろうと、英語のTHの音になっていなかろうと英語らしくNativeの人にも聞きとってもらいやすい英語になるように思うのすが、酒井先生、どうでしょう?
そうです、そうです!
「意識するとその音の前で口が構える」これをやっているとリズムは当然なくなる。
リズムがなくなると、強いところが目立たなくなるから、聞いている方はどこに注意を向けていいかわからなくなってしまう!
一方抑揚とリズムが英語特有のものになっていれば、本当にthやLやRはほとんどどうでもいい。(もちろん作法のためにはどうでもよくないこともあるけれど。その辺は「多聴多読マガジン」の創刊号に書いた相手との力関係次第ですね。)
ちなみに私はLとWの音を出すのがずっとずっと苦手で大嫌いでした。自分の発するLとWがとにかく”違う!”という感じだったのです。その音の前でほんのわずかポーズができてしまうのが自分でもわかりましたし、Wの単語に至ってはできる限り使わないで避けて通っていました。今でも苦手意識はありますが、話すスピードがあがるにつれてあまり気にならなくなったみたいです
苦手な音はだれにでもあると思われます。グリーンさんの書いていることでもう一つおもしろいのは、苦手な音を含む語を避けたということですね。これは吃音のある人(わたしも多少あります)が出しにくい音ではじまる語を避けるのに似ているかもしれません。わたしたち「おとな式」の日本人が英語を話すときには過度に「発音」に気を遣いますが、吃音を持った人の話し方を研究するとそのあたりの解決法がなにか見えてくるだろうか?
もしみなさんもわたしとおなじように「発音」に気を遣いすぎるようなら、
ぜひぜひ知らない言語で、抑揚とリズムを真似するシャドーイングをやってみてください。タモリの四カ国語麻雀風に「・・・語らしさ」を追求しましょう!
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