「ORT蘊蓄オフについて」の記事で、語彙増強派の人たちも通じる説明をすると書きました。以下がその説明です。
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語彙という言葉はおそらくvocabulary の訳語だと思います。
だとすると、語は一つ一つの語のことで、語彙というのは、いわばわたしたちが頭の中に持っている「語の集合」のことをいいますが、ささいな違いなので、ここでは語彙増強を「単語を増やす」といってもおなじだとします。
「語彙増強派」とわたしが呼ぶ人たちは意識的に語を増やす努力を非常に大事に
考えている人たちのことです。
そういう努力にはじつはいくつも具合の悪いことがありますが、この記事でわたしが取り上げたいのは、「どういう語を増やそうとしているのか?」ということで、この点について、前の記事の「ある人」と激しく議論した中で、実にわかりやすい視点が出てきたので、そこから説明を試みます。
そして最後に「増えるとはどういうことか?」について、「fiona」さんの投稿を参考に考えます。
では・・・
* 内容語と機能語という視点
「ある人」は英語に触れる機会が非常に少なかった人です。そしてその利点からこれまでも白紙から出発するとこれほど簡単に、これほどすっきりと「まっとうな理解」に達するのか、ということでわたしを驚かせてきました。
今回は、ORT蘊蓄を議論する中で次のようなことを言い出したのです。
言葉には二種類あると思う。[言葉を単語と置き換えてもいいですが、あまり勧めませんが]大事なのはinとかonとかisとかで、そこがしっかりわかればほかの言葉はおいおいわかってくる。単語を増やしたいっていう人は、どっちを増やしたいのだろうか?
この発言には驚きました。「ある人」は言語学でいう「機能語」と「内容語」のちがいを言っているのですね。もちろんそんな専門用語は知らないでしょう。
機能語は I とか、you とか、which とか、それ自体は何を「指す」というものではなくて、回りの語と語の関係や、文と世界の関係を示すわけです。わかりにくいですか?
内容語の説明をした方がわかりやすいかな? つまり、appleとか、runとか、sky なんていうのは「何かを指して」いますね。物の場合も、事の場合もあるけれど。実質のある語と言ってもいいでしょう。
(機能語と内容語の中間の語群もあります。典型的なのは have や go
なんていう語で、それ自体がある「こと」を指すこともあれば、回りの語の補助に
回ることもある。)
で、「ある人」は機能語が大事だと言っているのです!
わたしは実はどっちが大事か、わかりません。どっちが大事かなんて考えたことがないのです。けれども、どっちが大事かという視点は語彙増強問題に一つの大きな手がかりを提供してくれると思います。
* どっちが大事?
どっちが大事っていうことはもちろんありません。どっちも大事です。
でも、語彙増強を唱える人たち(英語の先生方はほとんどそうですが)に対して、機能語の大切さを説明することは大事でしょう。
というのは、内容語を覚えようとします。機能語は学校英語の初期に習って、すでにすっかり「覚えた」つもりなのでしょうね。
(この「覚える、習得」は語彙増強派の人にとっては通常「日本語の訳を言える」
ということだと思われます。その無意味さ、害の大きさについては
「どうして英語が使えない?」で書きました。)
そこが問題です。難しい本ほど内容語をつなげるだけで読むことができた気になれます。
特に専門的な内容の場合はそうです。専門的な内容の英文を読めるのは内容についての知識が主に働いて「読める」のであって、英語が読めるかどうかとは違う可能性があります。わたしの大学でも「専門書は読めるんですけどね。普通の洋書はどうも・・・」という先生がいます。
(ちょっと説明を端折ります。質問があればメールでどんどん、どうぞ!)
おなじように、おとな向けのペーパーバックを内容語に頼って読んでいても、
内容語にくらべて機能語の割合の多いこども向けの本は手こずることがよくあります。
そこでORTとなるわけですね。やさしい絵本に使われている語ほど、実は言葉の仕組み、つまり語と語の関係の理解には大事なのです。
* 語彙増強って?
「語彙増強」して、内容語に頼って呼んでいると、相対的に言葉の仕組みの理解が不足すると考えられます。
語彙増強が「訳語を言える語の数を増やすこと」である限り、機能語の理解はおろそかにされるでしょう。(難しい内容語ばかり追うから。)
ORTをいくら楽しんでも語彙増強派の言う「語彙」は増えません。
ここでfionaさんがどこかで書いた(探したけれど見つからない! fionaさん、もう一度投稿していただけませんか?)語の知識の三次元表示が有効になります。
fionaさんの三次元表示はもちろん「語」の属性のすべてを網羅しているわけでは
ありませんが、語彙増強派がいう「単語と訳語の組み合わせをたくさん覚える」に対する強力な反論になります。
つまり、「英単語=訳語」すなわち一対一対応の数を増やすことだけが「語彙増強」ではなく、fionaさんのいう「語の理解の深さ」も大きな問題なのです。ORTをいくら読んでも語彙増強でいう語数は増えません。けれども、大事な機能語、大事な生活語、そして一見専門語と見えた語の深い理解はやさしい本をたくさん読むことで培われると言っていいでしょう。
近眼の独眼龍さんが、「このごろやさしい語の訳がわからなくなった」と言っていたのを思い出します。まさにunlearnできたのでしょうね。
ORTの蘊蓄オフはそうしたunlearnの程度を自分で確認する機会になると思われます。
「不幸にして」学校英語や辞書や文法に触れてしまった人の解毒剤をめざしているわけです。
追記
そういえば「どうして英語が使えない?」の副題は「学校英語につける薬」というものでした。もちろん解毒剤を目指したのでした。
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