健 高下駄さんから昨日のブログ記事に答えが来ました。
むずかしい質問付きです。一生懸命答えてみましょう・・・
酒井先生:
質問にお答えします。
実は私は、また大法螺吹いたのでは、と思い、ABCのRoundtableを二つ聞いてみました。(ホラは子供のころからよく吹いたものです。今日は正月も近いので、家の床を吹きました。失礼ばしまーした)
もちろんRoundtableは完全に理解できませんが、もしアメリカ政治及び大統領のキャンペンを調べてroundtableにつけば(下準備をすれば)、彼らと討論できると思います。8ヶ月前は、この番組を聴いていて途中でよく眠くなったものです。
これはすごいですね! 下準備をすればRoundtableの評論家たちと討論できる!
いいぞー、健 高下駄さん!!
?どんな素材を使用して、どのくらいやってるか?
最初のころは、AFN:2005年版(旧FEN)を聞いていました。今でも同じものをやります。その他は、はABC、CNNなんでも、その時、気が乗ればやります。
4月12日に最初の質問した時、約二ヶ月で現在のシャドーイングは100時間と書いています。
それから8ヶ月*1時間*30日=240時間+100時間=340時間(一日2時間くらいもやる時もあります)時間のことはあくまで、おおよそです。記録はつけていません。
ありがとうございました。なるほど。記録はおおよそで結構です。
?毎日続けるのは辛くないのか?
シャドウイングは単純ですから、慣れだと思います。
バットのスイングと同じで毎日やるのが日課です。因みに中学生の時は野球部でした。
一年の時は、先輩にバットで叩かれました。シャドウイングは先輩にバットで叩かれることもなく安全です。一句、火の用心、バット一本火事の元。
先日、オスカーピー・ターソンがなくなりました。初めてジャズを生で聴いたのは、彼のピアノでした。ジャズはやっぱりスイングしなけりゃ、ジャズじゃありませんね。
そこで、一句。
●“英語はやっぱりシャドウしなけりゃ、英語じゃない”ですね。
私はサングラスはしませんが、レイ・チャールズばりで体をゆらして、高速シャドウをやります。
なんだか健 高下駄さん、悠々堂々とご自分の道を闊歩している!
うれしいです、そういう姿!!
?多読の方はどうですか?
一句。
“多読の心母心、読めば読むほど、アメリカを知る”
現在読んでいるのは、John Grishamです。最近10冊買って、今三冊目を読んでいます。4日に1冊の割合です。
この本は以前1冊買った時は、挫折しました。今回は長編にもかかわらず読みきりが出来ています。
えらいこっちゃ! もう何もいうことないですね・・・
?誰かに変だとは思われませんか?
シャドウイングは自分の部屋でやるので変には思われません。
私自身は生まれた時から変だと思われていますが。
因みに読書は、電車や喫茶店やどこでも時間のあるところで。
そうでしょう。健 高下駄さんも相当独特な方だ。
世の中みんな独特な人になってしまえばいいのに!
●多読もシャドーイングも試行錯誤、悩みながらやっています。
それは信じられない。
高下駄さん、ぜひぜひいままでの悩みはどんなものだったか、教えてください。
私から先生へ質問します。
英語の本を読んでいて、白人の書く小説には、黒人のことを、nigger、日本人のことをJapsと、蔑称の言葉を目にしたことがあります。が、その逆、黒人の作家が白人のことを、蔑称で呼んでいるのを、本の中ではあまり目にしないのですが?
これはどうしてでしょうか?
出版社が白人系だからでしょうか?
白人のことを呼ぶ蔑称もあります。いますぐには思い出せないけれど・・・
それはわたしがアフリカ系の作家の本をほとんど読んでいないからですね、きっと。
も一つ質問、英語とは関係ありませんが、
9・11はアメリカのやらせだと、元イタリアの大統領が言いました。
もしこれが、本当だとしたら(アメリカは絶対YESとはいいませんが)
アメリカをどう見たらいいのでしょうか?アメリカだったらゆるされるのでしょうか?
?小平は天安門事件のときに「1000人くらい死んだってなんだっていうんだ」というようなことを言ったという話を聞いたことがあります。本当かどうか、わかりません。毛沢東もたしかそういうことを言ったと言われていると思います。わたしには、どの話もありえると思います。支配者はとんでもないことをするのだと思います。アメリカだったら許されるかどうか、わたしにはわかりません。中国だったら許される? 日本だったら?
この国は、本当の悪魔の国では、あーりませんか?〔声の調子があがる)
多読、シャドーイングをしながら、少しずつですが英語の能力があがっていると思います。アメリカのテレビニュース、雑誌、新聞などを理解できるようになると、私は冷静にアメリカを見るようになって来ています。
ABCの放送ですが、イラクから従軍記者のTed Copel(テッド・コペル)がアメリカ兵の負傷した映像をアメリカへ流していました。その時のアンカーマン(チャールズ・ギブソン)がそんな映像はながすな、というようなことを言っていました。
イラクへ従軍しているコペル曰く、これが戦争なんだ、と、後輩のアンカーマン(チャールズ・ギブソン)を一喝していました。
この時、アメリカのメディアはベトナム戦争の時のメディアと変わったな、と実感したものでした。それ以来ギブソンのニュースは見ません。
長くなりました。雑文で失礼します。
わたしが大好きだったBBCのラジオ番組に Alistaire Cooke’s Letter from America という番組がありました。
その中で、ベトナム戦争のときに兵士の態度が変わったという話をしていましたね。
テレビのインタビューで、兵士が平気で軍の方針を批判していたのだそうです。
「それ以前だったら銃殺ものだ」と言っていたような記憶があります。
覚えている人は少ないでしょうが、マクルーハンという人がいました。健 高下駄さんの見たエピソードや、アリステア・クックの感想を聞くと、マクルーハンが「テレビはクールなメディアだ」といった意味がよくわかります。テレビは何もかも現実から離して、聴視者に伝えるのですね。
マクルーハンはインターネットを知らずに亡くなりました。インターネットはホットなメディアなのか? クールなメディアなのか? はたまた、どちらでもないメディアなのか?
(なお、ホットなメディアというのはたとえば本ですね。メディアの受け手が浸れるわけです。テレビはどんなに厳しい状況や楽しい状況を映しても、受信者は人ごととして、クールに受け止めるということらしいです。)
健 高下駄さん、また返信を楽しみにしています!
最近のコメント