脳内シャドーイングは心地よい!?


「みかん」さんのメールに続いて、「えすてる」さんからも「脳内シャドーイング」についてメールをくださいました。
あらら、脳内シャドーイングって、結構あるんでしょうか?
脳内音読はたしかにわたしは常にやっています。
それだけじゃないなと、えすてるさんのメールを見て考えました・・・

> 酒井先生、こんばんは。
みかんさんの脳内シャドーイングで思い出したのですが、大学1年の時、こんなことがありました。広島出身でいつでも誰に対しても広島弁で話す先輩と寮で同室になりました。入寮した日、他の先輩とひたすらしゃべりまくるその先輩の話を緊張して口をはさむこともできずに聴いていたのですが、翌日面白い経験をしました。
 駅で電車を待っていたとき、向こうから電車がホームに入ってくるのが見えました。その瞬間「あー、来よった、来よった。」と無意識に心の中で言っていたんです。明らかに自分の言葉とは違う言い回しにあまりにビックリしたので、今も鮮明に覚えています。
皆さんもあるのかどうかわからないのですが、時々私はこういうことがあります。中国を旅行した時、北海道を旅行したときも同じようなことがありました。
 いつも無意識にやっているけど気がつかないのか、普段の自分の言葉と違う音や言葉のときにだけやっているのかは自分でもわかりませんが、脳内シャドウイングのようなことをしていたのかなと思います。そしてそれがふっと口をついて出てくるんです、不思議なんですが。
 シャドーイングを意識してやるようになった最近でも、気がつくとじっと音に集中していて、口は動いていないけれど、頭の中で確かに音を追いかけていると思うときがよくあります。うまく表現できているか、わからないのですが。
 みかんさんも書いていらっしゃるように、疲れないし、音が心地よいんですよ。

うーん、このメールもいろいろな考えを脳内に引き起こしますね・・・ 
耳にしたことをこどもが繰り返せるのはそういう風に意識しないところで音と意味が結びついているのかもしれないとか、おとなでもそういうことがあるんだなとか・・・
(そういえばうちのかみさんが電話で話している相手をぼくはだれだかわかるんですよ。電話相手の語り口で話しはじめるから。これも「こども式」?)
わたしは意識して脳内シャドーイングすることしか考えていなかったけれど、
それ以外に無意識の脳内シャドーイングもある? 
そうするとそれはどんな影響があるのか?
それに

じっと音に集中していて、口は動いていないけれど、頭の中で確かに音を追いかけていると思うときがよくあります。

というとき、物語は「落ちてくる」んでしょうか? もしそうだとすると、内容を理解しながら、シャドーイングは無意識に任せておける?!
うーん、本当にいろいろ考えてしまいますね。こういったことについて、
みなさんからの感想、意見を募集します。
そして、いまのところは

みかんさんも書いていらっしゃるように、疲れないし、音が心地よいんですよ。

これがいちばんの朗報! わたしもやってみよう(覚えていられたら・・・)