今回の日本語多読実践報告は、横浜デザイン学院日本語学科の「上級クラスの多読」より。
横浜デザイン学院と私たちの出会いは、2012年11月にアクラス日本語教育研究所の研修会にさかのぼります。そこで私たちが多読ワークショップをした後、横浜デザイン学院日本語学科では多読を早速とりいれたそうです。2015年には横浜デザイン学院主催の多読の勉強会を開いてくださいました。
今回は、この夏の支援セミナーでも実践報告をされた津金和代さんに上級クラスでの日本語多読実践について報告していただきました。
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「絵本から始める多読 上級レベルクラスへの試み」
・多読授業導入の理由・きっかけ
<ある学生との出会い>
新入生のプレイスメントテストを実施した際、学習経験ゼロという申告だったにもかかわらず非常に優秀な成績をとったインドネシアの学生がいました。話を聞いたところ、学校での勉強はしたことがないけれど、読書が好きで、日本語の本をたくさん読んでいたということがわかりました。その後、私の担任するクラスの学生となり、授業の中で彼の豊富な語彙力や、ユニークで表現力豊かな作文に触れ、非常に驚きました。彼との出会いで多読の可能性を感じていたところ、2017年4月より専門課程(総合日本語科)の選択科目として多読クラスの開講が決まり、担当することになりました。
・なぜ上級レベルの学生に絵本なのか
多読クラスが始まって、すぐに様々な問題点が見えてきました。どんなに多読のルールを説明しても、すぐに辞書を調べたがる学生や、集中力が続かない学生等、なかなかこちらが思うように本を読んでもらえない状況が続きました。興味のあるジャンルについて質問したり、それぞれにあった本を薦めたり、声かけの工夫をしてみたものの、残念ながら初年度は、あまり成果がみられない結果となってしまいました。でも、なんとか学生達に辞書を引かなくても「わかる」経験をしてほしい、読書の面白さを体験してほしいと思っていました。そんな時、2017年8月に実施された多読支援セミナーの「絵本から始めるTADOKUワークショップ」に参加して韓国語の絵本を読む体験をしました。学習者の立場から絵本多読体験をすること、これはまさに「目から鱗」の経験でした。辞書を引かなくても、文字がわからなくても読める、ということを実感することができたのです。そこで、いきなり好きな本を自由に読むのではなく、最初に全員でウォーミングアップとして絵本を使った活動をしてみようと思いました。
<実施方法>
「多読とは」という多読活動の意味やルールと、「なぜ絵本を読むのか」については必ず毎回説明をしました。それから絵本を一冊みんなで読みます。読んだ絵本は「ことばのひろば」シリーズや「ことばのからくり」シリーズなどを使用しました。これらの絵本は、同じひらがなから始まることばでストーリーが進んだり、回文やあいまい文がたくさん出てきたり、読んでいると自然にことばの面白さや仕組みに気付くことができる絵本です。毎回、まずは全員で絵を見てことばや文章を予測します。ワークシートを準備し、絵を描かせて説明させたり、文章を考えて、発表することもしました。まずは全員で毎回絵本を一冊、「ことばあそび」を楽しみながら読み進めます。それから、それぞれの多読活動に入るようにしました。
・学生の反応・伸び
クラス全体の一番大きな変化は、すぐに辞書を引こうとする学生が減ったことです。集中力のない学生や興味を示さない学生も、最初に皆で絵本を読んで盛り上がっていると、少しずつ参加してくれるようになりました。あとは、毎回確認していたため、多読の意義やルールを理解する学生が増えたように感じます。読む本の種類にも変化が表れ、定期的に行ったブックトークの内容も変わってきました。そして一番嬉しかったのは、絵本に対する意識の変化です。最初は「絵本なんて子供が読む本だ」と言っていた学生達も、最終日のアンケートには「思ったより楽しかった。」「意外に面白い本に出会った。」「絵からイメージして知らないことばがわかる(ようになった)」等の意見が多く、意識の変化を確認することができました。あまり興味を示さなくても「おもしろくないけど、日本語の読解力を高めることができます。」という感想を書いた学生もいました。
・教師の気づき
絵本を読むことは、上級レベルの学生達が普段勉強している日本語とは違う角度からのアプローチとなります。違う角度から日本語を読むことは、違う角度から読書を楽しむことだと思っています。今回、絵本を使ったウォーミングアップを実施したクラスは、上級レベル中心の学生達だったため、最初は絵本を読むことに強く抵抗を示しました。でも、上級レベルになったからこそ絵本を読んだ時、今までとは違う新たな気付きがあるのだと思います。自然に、無理なく、「ことばのしくみ」や「面白さ」に気付くことができるのは、絵本を使った多読活動の良い点であると実感しています。
授業で使用した「ことばのからくり」シリーズの絵本の著者である大津由紀雄先生は、「外国語を学ぶということは、思考力を磨くことである。ことばは思考の基盤をなすものである。直感が利かない外国語を学ぶことによって、思考過程をできるだけ意識化する。そうした努力によって、ほんとうの意味での言語の運用能力を身につけることができる」と言われています。(実践日本語教育の会@横浜デザイン学院2018年9月22日)
私が多読活動で大切にしたいことは、本、特に絵本を読むことから、言葉の性質や構造、その面白さに学生達が自ら気付くことです。このように身につけた知識は本物の知識となる、と思っているからです。多読には、「本物の知識」「ほんとうの意味での言語の運用能力」を身につけることができる可能性があると私は思っています。
今回、絵本を使った多読活動を導入して、絵からたくさんの情報を得ることができることを再確認することができました。また、私達が読んでも深く考えさせられる絵本がたくさんあることに気付きました。絵本から始める多読活動によって、一人でも多くの学習者が読書を楽しみ、「本物の知識」「ほんとうの意味での言語の運用能力」を身につけることができるよう今後も教師としてサポートしていきたいと思っています。
*その他の活動
(ブックトーク)
(来期の学生のためのおすすめ本POPづくり)
・課題
1:意識改革
上級レベルの学生は、「絵本は子供が読む本だ」という思い込みが強く、絵本を読むことに抵抗を示します。そして、難しい本を読んで、辞書を引いても理解できず「読書は面白くない」と思っている学生が多いと感じます。もちろん、試験のための日本語の勉強では「難しい本を読むこと」は必要かもしれませんが、そういう学生達にこそ、この多読活動では、読書を楽しむ経験をしてほしい、そういう経験が大切だと思っています。絵本にも深く考えさせられるようなものがたくさんあること、そしてやさしい本を読むことから読書の楽しさを経験すること、その経験から「ほんとうの意味での言語の運用能力」を身につけてほしいと思っています。
2:絵本の選択・活用方法
この多読クラスは選択クラスのため、半期で学生が入れ替わります。今回は、ほぼ全員が上級レベルで、話すことに積極的、かつ議論を楽しむことができる学生が多かったため、この絵本から始める多読活動もうまく機能したと思いますが、学生が変わり、反応が変わった時には、また絵本の内容や、アプローチの方法を工夫する必要があると思います。
3:レベルを超えた絵本多読活動
今回は上級レベルの学習者への絵本多読活動でしたが、初級レベルの学習者へも、この絵本多読活動をウォーミングアップとして活用できるのではないかと考えています。今後は、初級レベルの学習者への絵本多読活動も実施し、上級レベルとの違いがあるのか、アプローチの方法等検証していきたいと考えています。
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・授業形態とクラス:専門課程(総合日本語科)選択科目
・レベルと人数:上級レベル~中上級レベル(11名)
・学習者の国籍 だいたいの年齢:中国・台湾・ベトナム・20代前半
・時間と回数:週1回:90分・前期:4月~9月(計15回)
ブックトーク2回・横浜中央図書館グループ閲覧室での多読活動・3回
ポップ作成活動1回・絵本ウォームアップ活動9回実施
・絵本ウォームアップに使った図書:「ぜつぼうの濁点」作・原田宗典 絵・柚木沙耶郎
「どいてよへびくん」五味太郎
★ことばのひろばシリーズ
「は・は・は」さく・え せな けいこ
「こねことこねこ」さく・え 東君平
★ことばのからくりシリーズ
「ぼくらは赤いうたうさぎ」「おとうさんはまんねんひつ」 文・大津由紀雄 絵・藤枝リュウジ
「なぞかけえほん」入船亭扇里・「一休さん」*「探検!ことばの世界」(一部絵を使用)
・通常の多読に使った図書:絵本他児童書約100冊、
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絵本は子どもが読むものとして敬遠されがちですが、日本語が達者になってきた中上級の学生こそ、絵本を読むと、日本語の特質やおもしろさに気がつき、いっそう日本語と「仲良くなる」のだと思います。学校ではなかなか習えない、日本の子どもが自然に日本語を吸収するときの感覚とでもいったらいいでしょうか。
9月3日にこのクラスの授業を見学させていただきましたが、「多読授業が必要?」と思うぐらい上級でみな思い思いの小説やマンガ、専門書を読んでいました。そのような学生さんたちにも絵本を見せてウォームアップ、毎回、多読の必要性を粘り強く説き続けている様子にとても感心しました。きっと、だからこそ、みんな幅広い読書ができているのですね。
津金さん、詳しいご報告、ありがとうございました。
(粟野)