3月16日にタイ・バンコクの教師会で多読の話をしてきましたが、その後、タイのナコーンラチャシマーラチャパット大学で早速多読をやってみた、という先生から報告が届きました!
多読を実践してみて
ナコーンラチャシマーラチャパット大学人文社会科学部
日本語学科 櫻井 愛
■動機
本学の学生は、授業で学んだ日本語をアウトプットする機会が少なく、日本人と関わることも少ないため、授業では日本語が得意な学生が話し続け、日本語が苦手な学生、恥ずかしい気持ちになる学生は話さない、タイ語で答える、笑顔で乗り切る学生など、とても消極的な状況です。
そのため、後期(1月~4月)の空いた時間に、会話の授業の一環として、日本人教師と学生が積極的に話す活動を行っています。より日本語に触れ、慣れ親しむ目的で1ヶ月に1回1時間開催されます。
2019年3月16日、タイ国日本語教育研究会で行われた粟野先生による多読についての講演を受け、非常に興味を持った私は、4月の活動を「多読」にすることにしました。
多読の本は、国際交流基金の蜂須賀真紀子先生に「レベル別日本語多読ライブラリーレベル0~4」「にほんご多読ブックス0~5」と絵本を数冊借りました。
■活動内容
教師の空き時間を記載したカレンダーを提示し、学生が各自都合のよい日時を選択します。本学の学生は、多読を今までやったことがないので「多読のはじめかた」をNPOのWEBから印刷して、一緒に掲示しました。
場所は、学生のために開放された場所で実施しました。時間配分は、説明10分、多読45分、アンケート5分です。
教師側の準備として、開始する前に本を並べておきました。このとき、レベル別に配置するのではなく、たとえば、1年生やN5レベルのグループであればレベル0~3までの本、N3,N2のグループであれば、レベル0~レベル4まで交互に配置しておきました。色々な本を手にして欲しいと思い、実際のレベルの1つ上の本を置きました。
多読を開始する前に今回のレポート用に作った事前アンケートの中に「多読のルール」を記載し、口頭で説明しました。その際、日本語の本を読む楽しさや集中して物語に入り込む感覚、共有したいという感情を学生自身体感してほしいと思い、特に多読の意味や効果などは話しませんでした。
日本語の説明を読んでも聞いても分からない学生には、学生同士タイ語で分かるまで教えあってもらいました。ルールを説明した後、「40分間本を読みます」と告知してスタートしました。
次に、学生側の動きですが、多読開始直後、最初は目の前の本に手を伸ばします。自分のレベルに合っていない本を選ぶ学生もいましたが、5分程度時間が過ぎると、教師が口を出さなくても適切なレベルを自ら選択して読み出します。全員が集中し出すのは、大体10分経過した辺りからでした。
物語の世界に入った学生は、ニヤニヤしたり、口をパクパクさせる動作をしたり、声を出して笑う学生もいました。そして、私から説明はしていませんが、学生同士面白い本はタイ語でシェアをしていました。
各自、非常にリラックスした様子で思い思いの姿勢で本に集中しています。
しかし、日本語レベルの低い学生や集中することが苦手な学生は、読み出すのに時間がかかり、隣の学生に話しかけ始め、なかなか適切な本を選べずにいます。その場合、教師は絵本や字の少ない本を学生の目の前に置きます。学生は何となくその本を手に取り、読む感覚が掴めると、自ら他の本を選んだり、友達にシェアされた本を読んだりしていました。それでも、終始集中できない学生もいました。
開始してから40分後アラームで時間を告知し、「あと5分です」と声かけをしました。学生は気になる本や読みかけの本を読み進めます。5分後終了の合図を出し、事後アンケートを書いてもらいました。
アンケートを書き終えた学生は、各々楽しかった本のシェアを始めました。教師に感想を直接話してくる学生や新たな本に手を伸ばして時間が許す限り自主的に読んでいる学生もいました。
■アンケートの結果
このアンケートは、私自身学生のレベルや興味や意欲が知りたくて作成したものです。
以下、アンケートをまとめた結果です。
実施した回数は10回です。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | |
4/2 | 4/5 | 4/9 | 4/11 | 4/18 | 4/19 | 4/22 | 4/22 | 4/28 | 4/28 | |
1年生 | 3 | 6 | 7 | |||||||
2年生 | 7 | 8 | 3 | 4 | 2 | |||||
3年生 | 6 | 9 | 3 | 10 | ||||||
4年生 | 6 | 4 |
1年生から3年生総勢158名中78名が多読に参加しました。
参加した学生 | N5 | N4 | N3 | N2 | |
1年生 | 16 | 2 | |||
2年生 | 24 | 1 | 3 | 3 | |
3年生 | 28 | 1 | 4 | 3 | 1 |
4年生 | 10 | ||||
合計 | 78 | 2 | 9 | 6 | 1 |
質問 | はい | いいえ |
日本語の本を教科書以外で読んだことがありますか? | 41 | 37 |
日本語の本は難しいと思いますか?(事前) | 73 | 5 |
日本語の本は難しかったですか?(事後) | 33 | 45 |
日本語のマンガや雑誌など半数以上は読んだことがありますが、日本の本は基本的に難しいと思っていることが事前アンケートで分かりました。
多読実施後は日本語の本へのイメージが半数以上「難しくない」に変わりました。「難しかった」と答えた学生には、ルールが理解できていない学生、集中できていない学生も含まれています。
多読は学生に大変好評でした。終了時には「時間が足りない」「またやりたい」という声がたくさんあがりました。1名だけ「またやりたいですか?」の質問に「いいえ」と答えていますが、この学生もルールが理解できていない学生で、レベルに合っていない本を読んでいました。
質問 | はい | いいえ |
多読は楽しかったですか? | 78 | 0 |
またやりたいですか? | 77 | 1 |
- 多読を実施してみて
今回はまだ1人1回のみしか実施していませんので、学生への効果は正直まだ分かりません。
しかし、3月の多読の講演の際、集中すると口をパクパクさせたり、笑ったりするという話を伺い、実際に多読をしたことのある人からも、物語の世界に入ると空気が変わるという話を聞いていましたが、何も知らない学生達がまったくその通りの反応をする姿を見て、私はとても感動しました。
私は、教師歴はまだ1年未満ですが、社会人歴は10数年以上あります。教えられたことより、自ら学んだことや経験したことの方が、長い人生で役に立つことがたくさんあると感じています。その経験を教師が奪ってしまわないよう、授業もなるべく学生主体にしていますが、授業中では見せない学生達の読む姿や集中する姿を見て、学生達の日本語や日本への興味は思っている以上だと感じました。その気持ちを授業や日本語力に活かせず学生を消極的にさせてしまっている現状は、これからの私の大きな課題となりました。
今回は、授業の一環で1ヶ月に1回必ず参加しないといけない活動で実施しましたが、次回は週1回など日にちを決めて、時間制限はせずに学生主体の多読を実施して、学生自身の成長に着目して継続的に多読を実施しようと思っています。
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セミナーで私がお話ししたことが、早速、実践に結びつきました。
日本語に接する機会の少ない学生さんたちが多読の本で「日本」にたくさん触れて、それを楽しんでもらえたとしたら、とてもうれしいです。
また、櫻井さんの最後のコメントもすばらしいですね。
「自ら学んだことや経験したことの方が、長い人生で役に立つ」だから、「その経験を教師が奪ってしまわないよう、授業もなるべく学生主体にしています」そういう気持ちを常に持っている先生だからこそ多読に興味を持って下さったのでしょう。
「授業中では見せない学生達の読む姿や集中する姿を見て、学生達の日本語や日本への興味は思っている以上だと感じ」、「その気持ちを授業や日本語力に活かせず学生を消極的にさせてしまっている」ことが自分の課題、とおっしゃっていることにも共感しました!
私たちも、多読授業をやって初めて、学生の姿からこういうことに気がつかされてきたのだったなあとしみじみ振り返ってしまいました・・・。
(粟野)