日本語多読実践報告~名古屋経済大学

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国内外で日本語教育の中にも多読が取り入れられるようになってきています。
そこで、多読支援をしている支援者、先生方に不定期にこの場で実践報告をしていただき、これから実践される支援者のみなさんに参考にしていただこうと考えました。

第一弾は、名古屋経済大学の横山りえこ先生です。
横山さんとNPOの出会いは、昨年6月の「多読授業とリライト」入門講座でした。
大学生のクラスにふさわしく、読むだけでなく、多読を書く、話すにつなげて大変効果を上げていらっしゃいます。
9月には日本語教育方法研究会(JLEM)でポスター発表もされました。
横山さんは、多読授業をやってみて『感激』し、また『嬉しい驚きが沢山ある』とおっしゃっています。
学生はどんな反応を見せたのでしょうか。

(授業形態等の詳細は最後にまとめてあります。)

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多読授業導入のきっかけ

( 語彙力 + 文章理解力 + 産出力 )UP × 楽しさ =  ???

私がNPO多言語多読のHPに出会ったのは、この答えとなる学習法を模索していた時です。
『多読』について色々調べるうちに私はとてもドキドキしてきました。なぜなら多読は<文字・語彙量の増加。読解力の向上。満足感や達成感が得られる。そしてそれらは学習への動機づけになる。>など多くの可能性を秘めていたからです。私は実際に試してみたくなりました。もしかしたら、『多読がこの計算式の答えになるかもしれない。』そんなことを期待して、私は多読を授業で行うことにしました。
授業内容
授業では『多読』、『読書レポート作成』、『話し合い』、『発表』を行い、多読でインプットできたことを、読書レポートや話し合い、発表を通してアウトプットする一連の流れで進めました。
 『多読』:4原則を徹底して読む
 『読書レポート』:授業内に読んだ本の中から1 冊選び、①本の内容要約、②読んだ感想、③その理由について書く
 『話し合い』:書き上げた読書レポートをもとにペアやグループで行う。
 『発表』:1 人がクラス全員に向けて行う。

週 1 回 90 分×15 週の授業のうち、初回と最終回を除く13週で上記の流れを行いました。通常は教室で授業を行いましたが、期間中合計4回(3週に1度)は大学図書館で授業をする機会を設けました。図書館では館内の書籍や資料など好きなものを選んで読むことができ、教室授業の場合は約45冊(2週に1度交換)を運び込んで使用し、さらに学生自身が読みたいものは持参してもらいました。

工夫した点

① 各学生の好みをできるだけ把握し、それに応じた書籍を準備したこと
② 大学図書館で授業を行う機会を設けたこと
③ レベルに見合わない難しい内容を読みたがる学生には、ニュース記事などをリライトして提供したこと
④ 学生への声掛けの仕方、タイミング、観察を徹底すること
⑤ 読書レポート、話し合い、発表のアウトプット活動を取り入れ、それらを評価対象としたこと

授業内容がマンネリ化しないよう、定期的に図書館で授業を行ったり、アウトプットできる活動を取り入れたりしました。図書館では、普段持ち運びできない大型の絵本や図鑑など図書館でしか読めないものを楽しむ姿が見られました。どうしても難しい内容を好む学生には、日本だけでなく学生の母国のニュース記事も対象にしてリライト提供するなど、興味関心を持ってもらえるような工夫をしました。
アウトプット活動を取り入れたことは、授業活動にメリハリがつき、読んだ内容を他者に伝えたいという学生の気持ちを強くし、読み手や聞き手を意識した書き方話し方ができるようになったように思います。

toshokan

(図書館の多読コーナー)

苦労・試行錯誤した点

① 多読で使用する書籍類の収集
② 読書レポート、話し合い、発表のアウトプット活動のしかた
③ 評価のしかた
④ 授業で行う内容の時間配分

教室に持ち運べる数に限界があったことや、学生に適したレベルのものや興味関心に合った書籍を集めることに苦労しました。またアウトプット活動を取り入れることや評価対象物を設定すること自体が、多読本来の意図に反してしまうのではないかという不安と心配がありました。しかし授業で行う以上、何かしらの成果物が必要となるため、評価に関しては熟考し、楽しく沢山読む多読活動をできるだけ尊重し、文法正誤や分量など細かな評価基準を作ることはしませんでした。当初、90分の授業内で多読の時間を多くとる予定でしたが、実際授業し始めると、こちらの予想に反して学生が熱心にレポートを書くようになり、結果的に多読約 35 分、読書レポート作成約 25 分、話し合い活動約 20 分、発表約 10 分という時間配分で行うようになりました。

学生の反応・効果

tadoku (2)

これまで精読に慣れていた学生は多読の4原則に戸惑いを見せ、特に<辞書を引かないで読む>習慣を身に付けることに苦戦したものの、次第に未知語の意味に固執せず本の内容に集中できるようになりました。第1週目には多くの学生が「これまで教科書以外で日本語の本を読んだことがない」と言っていましたが、多読を進めるうちに「日本語の本を初めて買った」「食事中も本を持ち歩くようになった」という声が聞かれるようになりました。
授業時間前であるにも関わらず、教室へ入るや否や本を選んで着席し黙々と読みふける学生が徐々に増え、図書館で行う際には本棚の前に座り込んで読書に没頭する学生も現れはじめました。
読書レポート作成、話し合い、発表といったアウトプット活動を行うことについての不安は上述の通りありましたが、本科目実施前後においてそれぞれの活動で学生の様子に変化があり、効果も見られました。

『読書レポート』

(前) 言いたいことはあっても、日本語の文章としてそれを書き出すことがほとんどできなかった
➡ (後) 少しずつ読んだ内容を要約できるようになり、使用できる文型が増え、語彙量の増加、書くスピードが速くなった。

『話し合い』

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(ペアでブックトーク)

(前) なかなか日本語で自分の考えについて言葉が出てこず、読んだ本の内容をとりとめなく話すだけだった。
➡ (後) ジェスチャーを交えたり、聞き手を配慮してわかりやすい言葉に言い換えたりする姿が見られるようになった。これまで消極的だった学生の表情が柔らかくなった。聞き手側も「その時のあなたの気持ちは?」など質問できるようになり、双方向のやりとりが増えた。

『発表』

・初回から最終回まで立候補が絶えなかった。
(前) 読書レポート通りに、本の内容・気持ち・理由を一方的に他者へ伝えるだけだった
➡ (後) 聞き手に問いかけながら話したり効果的に本を見せたりなどの工夫がみられるようになった。消極的な学生が次第に立候補できるようになるなど、発表の時間は大変活発な時間だった。良い発表をした他者を真似て話し方を見直したり非言語的パフォーマンスを増やしたりする変化も見られた。

・教師の気づき

多読授業を行うようになり、最もお伝えしたいことは『感激する』ということです。これまで他科目授業において消極的で成績評価の低かった学生たちが、この多読授業では大いに活躍し、意欲的に取り組むことができました。好きな内容を自由に読めること、そしてそれを他者に伝えられるということに、彼らは喜びを感じていたようで、授業の取り組み方、出席状況は他学生よりも熱心でした。
全体を通してみても多くの学生が授業外で日本語の本を読むようになり、「今はこれを読んでいます」と、鞄から嬉しそうに日本語の小説やマンガなどを出して見せてくれる学生も少なくありませんでした。
そのような学生の変化や何とかして相手に伝えようと奮闘している彼らの姿に感激し通しでした。

そして次にお伝えしたいことは『嬉しい驚きが沢山ある』ということです。“学生が黙々と本を読んでいる姿”、“クラス全員に向けて話す『発表』で立候補が絶えなかったということ”、“これまで理解はしていても使えなかった言葉や文法が、レポートや話し合いを通じて使えるようになったこと”、そして、“他科目授業の先生から「留学生の文章力があがった」という声を頂いたこと”など、嬉しい驚きの連続でした。私が期待していた以上の変化が、実際に学生から得られたことを大変嬉しく思います。

・課題

読書レポートを授業で行うにあたり、どこまで添削やフィードバックをするかという点が課題です。今回、読書レポートは評価対象の一つではありましたが、作文実施後の添削や書き直しを促すなどの行為は一切行いませんでした。今後、多読を通じて『書く力を伸ばす』という目標を立てるのであれば、フィードバックの工夫や必要に応じて書き直しを提出してもらうなどの対応を考える必要があるのかもしれません。

ここまで授業を行ってみて、私が求めていた計算式の答えは『多読』だったと確信しました。私にとってこのような学生の嬉しい反応は、これまで他科目では感じたことのないものでした。
事後アンケートからは「本を読む習慣ができた」「もっと日本語の本が読みたい」という意見が複数あったので、今後はさらに大学図書館と協力し、より多くの留学生と多読を取り入れた授業展開を続けていきたいと思います。

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・授業形態とクラス

通常カリキュラム内の授業か選択授業、あるいは課外クラブなど
レベルと人数、 学習者の国籍 だいたいの年齢
中級日本語学習者25名(漢字圏16名・非漢字圏9名)
通常カリキュラム:大学のアカデミッククラス授業
年齢:20代中心

・時間と回数

週 1 回 90 分×15 週の授業で、初回と最終回を除く13週行い、時間的内訳は多読約 35 分、読書レポート作成約 25 分、話し合い活動約 20 分、発表約 10 分

・使用図書

よむよむ文庫、日本語多読ブックス、絵本、マンガ、雑誌、小学校低学年の国語教科書、リライトしたニュース記事など

・授業の方法

 『多読』:4原則を徹底して読む
 『読書レポート』:授業内に読んだ本の中から1 冊選び、①本の内容要約、②読んだ感想、③その理由について書く
 『話し合い』:書き上げた読書レポートをもとにペアやグループで行うもの
 『発表』:1 人がクラス全員に向けて行うもの

 

横山さん、詳細な報告をありがとうございました。(粟野)