多読について、ある先生からメール! について、「tsumugi」さんから!


tsumugiさんから、表題の記事にメールをいただきました!
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酒井先生こんにちは
一応投稿させて頂きました。

tsumugiさんが「みんなの広場」に投稿した「文化の違いで学校も違う??」は
もともとこども式サイトのメール・フォームで送られてきました。
で、わたしはきっといろいろな人が返信をくださるにちがいないと考えて、
掲示板への投稿をお願いしたのでした。
tsumugiさん、やっぱりみなさんがいろいろ意見を言い出してくれたね。よかった・・・

先生の公演のあとに元気が出る。なんか分かります。
先生が一生懸命話しているのもあるのかもしれませんが、
先生が一生懸命話そうとしている内容、つまり一生懸命難しいことをしなくても心のままに学んで大丈夫っておっしゃって体験されたことを話されていることに癒されるのじゃないかと思います。

わー、そこを注目してくれるとわたしは相当うれしい!

一生懸命まじめに苦しいことを努力して我慢することを美徳のように日本人は捉えて、努力できない普通の多くの人にとってこの美徳はただの苦痛の元でしかないし、失敗したときの自己価値観の低下を著しくしていると思うのです。

そう思うのですよ、わたしも。なんだかわたしたちはえらい高いところに目標を置いて、
そこに向かって邁進するように「刷り込まれて」いるのですね。前へ前へと無理やり進まないと生きている価値がないかのように思わされているのでは? ちがいますよねえ! 前へ進むことばっかりがいいわけじゃないですよねー・・・

そしてそうした体験をした人にそれは大変だったねと当たり前のような当たり前に言えない言葉をさらっとおっしゃっているのではないでしょうか?
否定や評価無しで受け入れる経験が少なすぎます。

こどもたち(大学生も、ときには比較的若い社会人も含めて)に、自分を否定するようなことは言えないです。そうでなくてもいっぱい傷ついているのです、いまの人たちは。そうした傷はほかの人から受けた傷もあるだろうけれど、「自分はだめだ」って思って自分を傷つけている人もいっぱいいますね。
ありゃ・・・ 話がずれてきた?

そんな無理をしなくても普通に普通のことが出来るようになる当たり前の道筋があることに気づきを与えてくれる、自分でもその気づきが出来るようになりそうだと思えるようになることが癒しになって元気が出るのだと思います。
とりあえず酒井先生のそういうところに癒されているtsumugiでした。
普通なようですごいなと思うのです。
学校の先生でもこうした姿勢を持ってる方って実は少ないし…

おー、なんとか話が戻ってきました。ありがとー!
また話がずれるかもしれませんが、tsumugiさんのメールで止まらなくなってしまった・・・ 大学で毎年200人以上の学生と個別に多読相談(?)をしていると、鬱病に悩む学生がかならず数人います。そういう人たちを見ていると、本当に社会の圧力の厳しさを感じます。多読のクラスではそういう圧力から擬似的にでも解放されてほしいと願うのです。
ああ、取り留めがなくなりかけてます。最初はわたしの講演を聴いてメールをくださった先生の感想から出発したのでしたね。
やや唐突に・・・ KIKIさーん、またねー!