レールをはずれるために −さん− YLについて Whiskersさんから


YLについてみなさんからいただく意見はおおよそ内容がまとまってきたような気がします。
  (違う内容の意見は送るのはためらわれるのもあるのかもしれませんが・・・)
Whiskersさんからのメールはひとまずのまとめとして見てみましょう。
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こんにちは、酒井先生。
Whiskers@自宅療養中で退屈 です。
多読生誕地から遠いところで多読を始めた私の「私とYL]です。
結論から言うと、地方の多読初心者には、YLは必要なものだと思います。ただし、3くらいまででしょうか・・・。3くらいまで読めるようになると、多分YLに関係なく、好みで本を選べるようになっているのでは、と漠然とですが思うからです。

このあたりが「まとまりつつある」という所以ですね。
いや、無理やりまとめようというつもりはないのですが、当座はここにまとまりつつある・・・ つまり、多読をはじめたところから、YL3くらいまでは必要・・・ あ、こう決めてしまうとよくありませんね。 YL3くらいまでは、あると便利らしい−−くらいにしておきましょう。

「やさしい本から始める」と言っても、実は絵本はなかなかてごわいし、GRもYL1からいきなりだとちょっときついですよね。多読草創期はGRで始められたそうですが・・・。ORTやLLLなどのYL0の存在を多くの人に知らせたことの意味は大きいと思います。

これはいろいろな人が言っています。ORTやLLLからはじめるということがそもそも「レール」なのではないか? そしてそのレールの存在は酒井さんもよいと言っているではないか。

支援者が近くにおらず、洋書がふんだんにあるような書店もないような状況で、一人で多読を始めようとする人には、なんのとっかかりもない方がかえって難しいとしか思えません。

そしてこれもみなさんがある程度納得する点でしょうね。つまり、ふんだんに本がある環境ならいざ知らず、多読用の本が手に入りにくい状況ではYLなしには本を選べない・・・
そういうことですよねえ・・・ と、ほぼYLの役目ははっきりしたのに、わたしの口調がはっきりしないのは、やはりYLのマイナス面が出てきているからですね。
うーん・・・ マイナス面をどうやって減らすかについては、近いうちに・・・

さて、実は私は、記録をつけるのが面倒になって80万語くらいでやめました。記録をつけるのをやめた直後読んだ本の語数を概算して、だいたいあの頃100万語を越えた、というのはわかっているのですが。それ以降は全く適当でした。
「でした」というのは、実は、多読を支援するようになったり、タドキストのみなさんのブログにお邪魔するようになって、自分はいったいどのくらい読んでいるのか知りたくなったので、今年1月から記録をつけ始めたのです。一応12月までつけてみる予定ですが、大体の目安はわかったので、どうでもいいや、という気持ちも少しあります。
語数とYLを記録すると、どういう本を自分が読んでいるかよくわかるのはとてもいいのですが、やっぱりなんだか語数を稼ぎたくなるんですよね、それがイヤで。誰と、ということもないのになんだか競争しているみたいな。YLもしかり。時々妙にYLの高い本を読んでみようとしたり。私にとっては語数とYLの落とし穴はそういうところかなと思っています。

語数についても、YLについても、Whiskersさんの感想はおおかたの感じ方をまとめているような気がします。
一言で言えば、「語数もYLもうまく使え、使われるな」ということでしょうか・・・ まだ煮え切らない・・・

ちなみに、Pattyさんと私のもと生徒達で多読を続けている人たちはそのほとんどがもう語数を記録していないと思います。でも、読めそうな本か、読みたい本かははっきりわかるようですよ。そういう人たちにはきっともうYLも必要ありませんよね。
別に私の意見は目新しいものではありませんから、紹介なさらなくても結構です。何かこれは、と思うところがあればどうぞ。

いや、目新しいものではないところがこれまでメールをくださった人たちの意見を集約していて、いま紹介する価値があったと思います。
Whiskers さん、ありがとー!
  (わたしは何を言い出したのだったか・・・?
   わからなくなってきた・・・)