聞き読み!


「多読はここまで来た!」のどこかで「聞き読み」のことを書きました。
(どこだったかなあ・・・?)
2年前の夏に沖縄高専ではじめて聞き読みの意外な効果を知りました。それまでは「読むより速い朗読は楽しめるはずがない」と思っていて、だから多聴は多読の速度より遅いものを(逆に言うと読む速度が十分速くなってから多聴に移ることを)勧めていました。当然ですよね、書かれた英語を処理する速さを越える速さで聞こえてくる英語は処理できるはずがないと思いませんか?
今回いただいた「tofu」さんのメールからもわかりますが、「読む速度より云々」はまったく架空の議論だったということが沖縄高専でわかったわけです。
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沖縄高専で見た光景はいまも忘れません。ある1年生(高校1年生の年齢)がOxford Bookworms LibraryのStage 1を、机の上に足を載せ、椅子にだらしなくもたれてほとんど体を水平にしながら聞き読みしていたのです。物語に完全に浸っているという姿勢でした。読書記録手帳を見ると、多読ではORTの真ん中ぐらいでした。
聞き読みは、読むだけあるいは聞くだけの速度を大きく上回ることができ、しかも浸ることさえ可能! 大きな扉が開いたのでした。

Tofu@250万語です。
多読を開始してから2年半が経ちました。
先生にメールをさせていただくのは、これが3回目です。
よろしくお願いします。
たった今CER3の、Two Livesの聴き読みを終えたところです。
聴き読みにしたのは、このレベルは私には難しいかもと思ったからです。朗読が感情がこもっていてすばらしく、聴き終えて泣いてしまいそうになりました。。
以前掲示板で話題になっていた、「きみに読む物語」を邦訳で読んだのですが、Two Livesのほうが、感動的でした。(この2つの話は似ています。)

tofuさんの場合も、聞き読みでふだんの多読レベルを上回る物語に浸れたのでしょうね。
みなさん、Cambridge English Readers の Two Lives に注目(耳?)してください!

わからない単語にこだわらないで読むためには、うんとやさしいものを読むか、すこし難しくてもドキドキ先が気になるものを読むのが良いと思いました。

少しむずかしくても「聞き読み」なら楽しめる、というのも覚えて置いてください!

今年の4月に米国から帰国して、多読を何のためにするのか、悩んだこともあります。しかし、こんなにすばらしい本とその朗読に出会えて、多読を続けてきてよかったなと思いました。
感動を伝えたくて、取り急ぎメールさせていただきました。
多読を始めさせてくれた酒井先生に感謝します。

こちらこし、感動をさっそく伝えてくださってありがとー!
また何かあったら知らせてください。
それまで、tofuさん、Happy reading and listening!
追伸 
聞き読みについてわたしが大きな考え違いをしていた原因は、「脳の言語処理速度」というような似而非科学的思考に陥っていたためでしょう。いまは何かというと「コンピュータ」をモデルにした物言いが流行っていて、たとえば「インプットとアウトプット」とか「外部記憶装置」、「シミュレーション」、「処理速度」なんていう言葉を使うだけでその言葉を使った概念が正当性を帯びているように聞こえます。
実際には聞くときの「処理速度」なるものは文字を読む速さだけでは決まらず、声の調子、気持ちの入り方、効果音、間といったさまざまな要素が関係しているのでしょう。
文字の情報に音声による情報が加わって、「情報量が多い」などというと、またしてもコンピュータ・スピークに影響されてしまいますが・・・

聞き読み!


「多読はここまで来た!」のどこかで「聞き読み」のことを書きました。
(どこだったかなあ・・・?)
2年前の夏に沖縄高専ではじめて聞き読みの意外な効果を知りました。それまでは「読むより速い朗読は楽しめるはずがない」と思っていて、だから多聴は多読の速度より遅いものを(逆に言うと読む速度が十分速くなってから多聴に移ることを)勧めていました。当然ですよね、書かれた英語を処理する速さを越える速さで聞こえてくる英語は処理できるはずがないと思いませんか?
今回いただいた「tofu」さんのメールからもわかりますが、「読む速度より云々」はまったく架空の議論だったということが沖縄高専でわかったわけです。
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