わたしはここで・・・ 中学1年生の場合!


「みんなの広場」で「たかぽん」さんがわたしに「ハーメルンの笛吹きおじさんになるな」と忠告してくれました。

たかぽんの言うとおりです。わたしの多読の話を聞いて、学校で英語の先生と対立してしまった中学生高校生は数人はいます。もちろん多読の話のときに、学校ではこっそり多読するんだよ、先生とぶつかってはいけないよ、とは言うのですが、多読の話はこどもたちの気持ちを刺激しすぎるようで、抑えられないのでしょう。

「yamanotori」さんという方からそういう生徒についてメールをいただきました・・・

*******************************

ちなみに、そうした生徒の第1号は多読三原則ができあがる前に現れました。
その当時は授業では学校英語の批判はまったくやっていなかったですね。
それでも、そういう生徒が出てきたというのは--考えてみると--
こどもたちの学校英語への反発は、三原則や学校英語批判が引き起こすのではなく、
多読そのものが学校英語に対する反発を呼び起こすのかもしれません。
これは考えてみなかった・・・ これからもっと考えます。

酒井先生 こんにちは。

少子化で子供の人数が減っているとはいえ、
小学校から学校で英語授業がはじまる事を考えると
その子が経験する英語がその子にあったものであるか
どうかによって、英語の受け止め方がよい方になるか
悪い方になるか、当たり外れで運が分かれそうです。

それは十分考えられます。
そこで、選択肢があるといいな、ということになるわけですね。

親によっては、英語も先取りで低学年から英検や勉強英語に
走る人もいるだろうし、複雑な気分です。
それが、その子にとって合ったもので、
英検に合格する喜びや英語で点数がとれて自信がつくので
あれば、それもありなのかもしれません。

多読を学校に普及するために、社会人と児童英語から多読を広げて、
サンドイッチ作戦を考えられた先生は、もちろん
「これから育っていく「タドキッズ」達の未来も、受験英語に毒される前に多読を知ってしまった子供達の将来の事」(「ぴ~ママ」さんからのメールより)も考えていらっしゃると思います。

はい、考えています。それは下に引用してくださった部分でわかると思います。
以下、>がついた部分はわたしのブログの記事からの引用です。

> ↑これはかなり楽観的な予想だと思います。
> 小学校で多読を知ったこどもが中学校でどういう試練に遭うか、
> それはこれから徐々に明らかになるでしょうが、
> 決して平坦な道ではないことはたしかです。

小学生から多読をしている「タドキッズ」は、学校英語がはじまった時点で、「簡単!」だと思えて、スラスラ問題を解き、多読も学校英語も両方受け入れられるのかもしれないし、帰国子女の場合も和訳については、違和感があったとしても、体で本当の英語を身についているのだかから、問題はないのかもしれませんが、どうなのでしょう?

いえ、いままで聞いた例では問題がたくさんあるようです。
一番最初に聞いたその種の問題については「どうして英語が使えない?」の中に書いてありますが、帰国子女は学校英語があまりに自分たちの知っている英語とちがうので、仲間はずれにならないように、先生に嫌われないように、必死で自分の知識を隠す場合があるようです。

> たとえばリボンさんの場合はかなり幸運で、先生にも
> 認めてもらっていますが、「英語を頭の中で日本語に
> 直すようになってきた」と言っているそうです。

和訳ではなく自分の感じたことを自然に日本語に変換できる
ようになったということでしょうか?
よくわかりません。

その点はくわしく聞いていません。そのうち聞きます。

学校の英語を開始後に、多読をはじめたトロちゃんの場合は、
和訳をしてはいけない英語を学校で変な和訳に
しなくては○がもらえないというところから、拒否反応がでてしまった
のですが、多読と学校英語はうまく両立できる方法はなくて、
ドーピングで切り抜ける以外は方法はないのですか?

○百万語読めば大丈夫っていう判断もできないし、
非常にたくさんというのが難しいですね。

まだ多読をしている生徒が中学高校で学校英語とどうやって折り合っていくかという実例を十分知りません。無責任なようですが、なにしろ多読と学校英語の両立という問題自体がまだまだはじまったばかりなのです。もちろん今後も注目はしていきますが。

学校の英語授業が、和訳&文法、多聴多読、会話など、
ある一定の期間お試しがあって、自分が好きな方法で
授業を受ける事ができるような選択性になってくれれば
うれしいのですが、遠い夢ですね。

では。

それは間違いなく遠い夢ですね。
文科省がそんなことを許すわけがありません。

文科省は「なかった」ことにして、粛々と生きた英語を取り入れていくしかなさそうです・・・

yamanotoriさん、ありがとー!

ところで、三原則のせいか、わたしの学校英語批判のせいかは別として、
多読を知って学校英語に反発してしまうこどもたちを、ハーメルンの笛吹きおじさん(わたし)はどうすればいいのか・・・

これは非常に大きな問題なので、またの機会にしましょう。
それまでによく考えておきます。

(いままでにも考えていたことはあるのですが、たかぽんの問題提起に
耐えられるとは思えない・・・)