脱学習法 ?×12 とてつもないこどもたち・・・

Pocket

週末ご存じの通り、東京浅草で三社祭もかくやというお祭り騒ぎがあり、
わたしはブログの更新のままならず、
   (みなさんあんなにhugが好きとは!
    ある小学3年生の言葉ではありませんが、
    たしかに「多読で英語いっぱい読んでるかもしれないけど、
    みんなあたまがいってるよね」という集団ではありました。)
しかも反応はぞくぞくと寄せられていて、しかもきのうは夜8時に早寝・・・
きょうは一生懸命追いつきます。トップバッターは「merci」さん。
とてつもないこどもたちと、そのこどもたちを受け止められるせんせーの様子。
どうぞ何度も読み返してください。
*************************

今、ブログで話題になってる「学習」とか「指導者」とかについてですが、最近の私の教室での様子を酒井先生に報告しておきます。何かの参考になればよいのですが・・・。教室で多読をやっていて、何かにつけ生徒から教えてもらうこと(特に小学生)は山ほどあり、でも、私たちが教えられることは何もない・・・みたいな・・・汗。

merciさん、汗、じゃないですよ。
教室としては、それがいちばんいいんじゃないかな?

言い方は悪いんですが、レッスン中はしばらく子どもたちをほったらかしにするんです(!)「自分たちの好きなように勝手によんでくれィ」という気持ちで接することこそが、彼らの能力を伸ばすことだといまさらながら痛感しています。彼ら、ほんとに勝手にORTを広げて(しかもまだ読めないステージ8とか9とか)、絵を見ながら勝手にぶつぶつと言ったり、突然ぎゃはは?っと笑い出したり、「これ見てみて」と他の子に言ったり、そうかと思うとただただ黙って食い入るように絵を見つめていたりしてます。彼らの頭の中がどうなっているのか全然わかりませんが、「好きなようにしていいんだ」という安心感があってか、本当に好き勝手にしている彼らをみていると、やはりただ遊んでいるのではなくて、人間の「知りたい」という本能みたいなものがよく見えます。そんな彼らの姿を見て「人間」というものについて学習させてもらっている・・・私こそが実は「生徒」のような気がしてきます。

うーん、泣けてくるようないい場面だ・・・
沖縄の志学塾もかくや、というすばらしさですね。
しかも志学塾のように「受験」が目標として控えているわけではない!
いわば無目的に、好奇心だけに従う、「理想の」?、教室?
いつか見に行きますね、merciさん! いつか、かならず・・・