学校英語が壊れていくとき・・・ 続


「ナビィ」さんご自身から返信が来ました。
わたしとしてはナビィさんのメールをタネに勝手に吹いたような
気がしていたので、ちょっとほっとした・・・

 酒井先生、こんにちは。ナビィです。
 先生がブログに書かれていた中で、なるほど?、と思うことがありました。
 まずは、日本語と英語の分離について。これは私自身、最近感じていることです。目に見えるわけではないのですが、英語の本を読むときは、脳の中の違う部分が働いているような気がします。仕事で疲れていても、帰りの電車の中では本読めますし、リフレッシュする感じがあります。多分、私の脳の中では、多読は「楽しいこと」に分類されているのではないかと思います(^^)。
 でも、同じ英語でも、お勉強英語だとあかんやろなぁ、という気もします(最近英語の勉強してないのでわかりませんが)。

わたしは最近の「脳科学」というものに対して慎重で、
「右脳、左脳」も「脳の活性化」も、当然のことながら「英語脳」も
まだまだ検証が必要だろうと思っています。
でも、ナビィさんのいう「楽しいか、お勉強か」がまったく違うことなのは
間違いなさそう・・・

 それと、「孤立した文の無意味さ」について。これはいい得て妙ですね。どれほど感動的な文章でも、そこだけ切り取ってしまうと、多分何のことだかさっぱりわからないと思うのです。やっぱり物語は物語として楽しみたいですし、楽しむ中からしか感動は生まれないと思います。受験英語は、受験者に差をつけるためのものだから、仕方ないのかもしれませんが、そのことが英語に対するアレルギーや距離感を生んでいるように思えます。英語はもっと楽しんで、親しめるものなのになぁ、もったいないなぁ、と思ってしまいます。・・・これ以上書くと酒井先生が暴走しそうなのでやめておきます(^^;)。

よくご存知です。出鼻を挫かれるというのはこういうことでしょうね。
実は「孤立した文」は次の本の大きなテーマですが・・・

 今日は図書館で絵本を借りてきました。どれだけ語数を重ねても、絵本はやっぱり魅力的です。疲れたときの癒しにもピッタリですし(^^)。
 ところで、先生の本はいつごろ出るんでしょうか?

発売日はまだ決まっていません・・・