どんなに印象的な出会いでも、忘れることがある・・・


このところ「多読で単語は増えるのか?」という疑問をめぐる投稿が続いております。
今回は酒井が体を張って実験した(ことになる)結果を報告します。

じゅんじゅんです。
酒井先生と、わたしのブログでやりとりしているうちに、
一連の流れで報告をして欲しい、というお言葉をいただき、
これを書いています。
先日、ご贔屓にしている『デッド・ゾーン(海外ドラマ)』をみていたら、
とある場面での台詞で ”one-hundred mississippi” というフレーズが
耳にひっかかってきました。
ふと、字幕に目をやったら、主人公(おとな)がこどもに向かって
「100まで数えて」と言っていたあたりでした。
ここをみながら、へー、こんな風に言うっていうか、
このフレーズって普通に口にするんだね、と思いました。
というのも、以前、読んだ本で出会っていたからです。
『Flash, Crash, Rumble, and Roll』(ISBN:9780064451796)
これはカミナリを解説している本なんですが、日本と同様に、
閃光を見たら、現在地と落雷地との距離を測るべく数を数える
ということが書いてあるんですね。
その部分について、ブログで書いた感想は以下の通り。
>数を数えるときって「One, Two, Three ….」ではなく、拍子を取るためか
>「One mississippi, Two mississippi, Three mississippi ….」と数えるらしい。
>初めて知ったんだけど、なんか可愛い。
と、ここでは拍子を取るための「mississippi」かと思ったんですが、
『デッド・ゾーン』を見ていたら、「100数えろ」を
「one hundred mississippi」って言ってたんです。
ドラマの場面では、おとながこどもに言ってました。
やや緊迫したシーンで、いまから100数えて○○をしろ、という指示でした。
その場を離れなくてはならない主人公は、去り際にも、
「いいか、ちゃんと one hundred mississippi だぞ!」なんて言ってました。
(英語と日本語の混在ですみません。わたし頭で翻訳再生するとこんな感じなんです)
次の場面では、既に100数え終えたあとのシーンだったので、
この子が上のように100まで「mississippi」をつけて数えていたのかは不明。
(でもこの流れなら、ぜひつけて欲しい)
よく分からないけど、(こどもが?)数を数えたりするときに、
もしくは「数えてね」というときに?「mississippi」が登場するのではないかと感じています。
おとな同士で使いあうのかは分からないです。使うのかなあ?
なんで「mississippi」なのかは謎ですー。
などなど、なんだかいろいろ書いてしまったけど、要は、
カミナリ本で「mississippi」に出会っていたので、
『デッド・ゾーン』で耳にしたとき
何を言われたのか(って、わたしに言ったわけじゃないんだけど)
すっと理解できたってことなのでした!
(ブログでも書きましたが、)字幕みたら書いてあった、
なんて書いたら、字幕みてないみたいですよね。そんなことはないです。
字幕はちゃんと目に入ってるし、頼りにしています。
でも(これは日本語のものをみているときも、わたしはやるんだけど)、
台詞を聞き逃して、無意識に「おわっ、いま、なんて言った?」と巻き戻したりもします。
巻き戻してから「あ、字幕があったじゃん」って気づくんですが(笑)。
これって、以前よりも、字幕の必ず無くてはならない存在感、みたいなものは
無くなってきたなーという感じかなあ、と思ってます。
以上です!
読んでくださったみなさんに上手く伝わるといいのですが。
(あー、やっぱり報告って苦手だあ・・)
▼以下のURLは参考までつけておきます。
『Flash, Crash, Rumble, and Roll』のことを書いた記事
http://junjun.peewee.jp/blog/archives/2007/06/05_0916.php
『one hundred mississippi』のことを書いた記事
http://junjun.peewee.jp/blog/archives/2008/01/15_1503.php
(続けて読むと、コメントでの酒井先生とのやりとりが面白い・・)

いえいえ、報告、よく書けていますよ。
で、問題はここから・・・
おなじ言い回しが二つ、三つの本や映画や朗読で出てきた、そうやって
少しずつその言い回しが体に染みこんでいくんだという話はもう何度も書きました。
じゅんじゅんさんのブログでわたしとのやりとりを見てもらうとわかるのですが、
実は最初に雷の話でじゅんじゅんさんが「One Mississippi, Two Mississippi」って言うんだ! って書いたときに、わたしは一度、「へー、知らなかった」というコメントをそのブログの記事に書いているんですね。
にもかかわらず、今回「デッドゾーン」に出てきたというブログの記事を読んで、またぞろ「へー、そんなこと言うんだ!」というコメントを書いたのです。
つまり、最初のときに感心したようなコメントを書いたのに、それは全然体に染みこむまでにはなっていなかった・・・ どんなに印象的な話でも、人から聞いたのでは忘れるということを、わたしは身を以て証明したというわけです。なんとわが子で種痘を実験したというジェンナーに勝るとも劣らない献身的な努力ですね!
でもOne Mississippi, two Mississippiみたいな話は知ってびっくりするし
第一おもしろい!
そしてこういう話を聞けば聞くほど、おー、自分もたくさん触れて、たくさんびっくりしながら吸収していこうと思えるので、よいですね!
なお、わたしは最近の脳ドックで、異常なしと判定されております・・・
その点について夢お疑いなきよう!
初出後、ある方から次のようなお知らせをいただきました!
ここに急いで付け加えます。
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酒井先生,こんにちは.
○○です.
ブログにジェンナーの話が出ていましたが,ジェンナーが最初に牛痘種痘法の実験を行ったのは,自分のこどもではないようです.
ジェイムズ・フィップスという少年だそうです.
こちらに詳しい記述があります. 
http://www.suken.co.jp/subject/rika/sc_net/11/sc11_4.pdf#search=’ジェンナー’
あー.こんな揚げ足取りみたいなメールですみません.
明治の教科書に,「自分の子供に接種した」と書かれていたため,誤った知識が広まってしまったようです.
これらの内容も,上記のページに書いてあります.
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いいですよー! 揚げ足取りじゃあありませーん!
○○さん、ありがとー!
ふ~んさんも、第2版の間違いを指摘してくれて、ありがとー!!
(いつまで続く・・・?)