健 高下駄さんからクールなメールです。


新年早々、屠蘇の酔いも一気に醒めるクールなメールが届きました。
みなさんの助言を求めていることもあって、みなさんにも背筋を走る冷たい思いをお届けします・・・
4年以上で1000万語以上読んだのに、TOEICの点数が多読開始前とほとんど変わらなかった、というより35点も下がった!
健 高下駄さんはこれからどこへ向かえばいいのか?
(このサイトでのお名前を「高下駄」さんと書いてきましたが、それはまちがいで、
「健 高下駄」さんに訂正します。)

謹賀新年:
今日は朝から、佐賀、島原へ使用で行ってきました。
みぞれ交じりの雪が降って大変寒い元旦でした。
●私の悩みをいろいろな角度から、酒井先生、これを見ていらっしゃる皆様から分析をしていただけたら、幸いです。
さて私の悩みです。
”775”
この数字をみて、酒井先生、それからこの掲示板を見ている皆さんは、クール(きゅうり)それともホット(キムチ)
どちらに感じますか?
この775の数字は、大リーガー、ジャイアンツのボンズ選手のホームラン数ではありません。
ハイ、去年の11月25日に受けた私のトーイックのスコアです。私は、ボンズと違って、テストの時、能力増強剤など一切使用しませんでした。
このスコア775(L400、R375)を、私が12月の末に受け取った時は、クールを通りこして、今日のみぞれ混じりの雪の中でフリーズしている状態でした。
もうほとんど凍死していました。
その理由は3年前、4年前、まだ多読を始めようとした頃のスコアと変わらなっかったからです。
恥をさらすようですが、2003年、3月のスコアは:810(L450、R360).
2004年の1月のスコア:770(L430、R340)
今は多読を始めて4年くらいなります。
おおよそ多読をした語数は、1000万語以上は越しているでしょう。
長さにして2メートル40センチくらい読んでいると思います。
つまり、多読をしようがしまいが、シャドウをやろうがやるまいが、トーイックのスコアは、私に関しては変わらなかった、と、言っていいと思います。
私は、トーイックのテストが受験者の英語の実力を正確に表していない、と、英語で著名な大学の先生や英語の達人者たちが批判しているのを知っています。
私自身、多読やシャドウをして数をこなせば、その結果としてトーイックのスコアも自ずと上がるのでは、と、思っていました。
今回のトーイックのスコアは、900を越すのではないか、と、虎の狸の皮算用をしていたのでした。そして酒井先生に、大量に多読、シャドウをして、たまたまトーイックのスコアが上がりました、と、言うセリフも考えていたのでした。
それが、な、な、な、なんと。結果は多読をしょうが、シャドウをしょうがやる前と同じとは?
私は多読をして楽しさを知りました。しかし、あの小さい横文字を読むたびに目がしょぼしょぼ、肩がこりこり、挙句の果てには、ふさふさの私の黒い髪が、今では真っ白なのです。そうそう、歯も総入れ歯になりました。そろそろボケも始まりそうです。いえ、実際はまだまだ若いのです。
多読とシャドーイングで失った肉体の衰え、それに青春を返しケレ、と、叫びたい気持ちです。それにお金も返してクンサイと〔笑い)。
私は人生の不条理を感じ、2008年は闇の中を徘徊しそうな気がします。(人生真っ暗闇じゃござんせんか)
確か酒井先生でしたでしょうか、樽の穴が空いている、と言われたのは?
私に当てはめれば、私の脳は穴だらけ、いくら多読をやシャドウをしようが、蓄積されず消えていく、ということでしょうか?
反省:レイチャールズの真似してシャドウイングしたのはよかったと思っています。ただ、レイ〔例)のようにサングラスをしなかったから、効果が上がらなかったのかな、と、今度シャドウする時は、サングラスしてみるつもりです。黒色ののサングラスを買おうかな、と、思案中です。
もちろん、これからも多読、シャドウをめげずにどんどん続けるつもりです。

TOEICはじめ各種試験がかならずしも実際に英語を使える力を示していないということはいくつもいくつも例があります。
すぐに思い浮かぶ例としては
*電気通信大学の学生で多読クラス受講1年間で150点下がった!
*一橋大学の学生で(古い形の)多読クラス受講1年後と2年間後
 のTOEFLの点数がまったく変わらなかった。(3年後にちょうど
 100点上がった)
*TOEICの点数が800点以上あるいは900点以上でもほとんどの場合
 ペーパーバックは読めない。
逆に
*センター試験90点から多読半年でTOEIC390点、その後1ヶ月間のドーピング(大学院入試にTOEICの点数が必要なため)を含め2ヶ月後に480点、次に多読のみで590点、つまり3ヶ月で200点上がったというとんでもない例もあります。
これを要するに試験の点数からどの程度英語が使えるかを計るのはかなりむずかしいということでしょうね。
逆に英語が十分に使える人はかなり高い点数が出るということは言えそうだと考えています。
つまり試験というのは言葉を使う範囲のごく一部しか測定していないので、言葉の吸収量が少ない場合は吸収していない部分をテストされて点数が低くなることがあるということではないかと考えています。
けれども健 高下駄さんほど劇的な例は少ないのではないかと思います。では1000万語超でも吸収量は少ないのか?
ここで樽の穴の話が出てくるわけですが、樽の穴のことはまだよくわかりません。
これからもっともっといろいろな報告をいただいて、少しずつわかっていけばいいと思います。あるいは穴もなければ樽もないというはなしになるかもしれません。
いずれにせよ、多読多聴する人はそれぞれに自分のスタイルを見つけ出して、そのやり方で「昨日の自分と比べる」ことになるのではないかと思いますが・・・
健 高下駄さん、半年か1年後くらいにまたTOEICを受験してくれませんか?
・・・できればドーピングはなしで。どうでしょう?