意識的学習と無意識の獲得

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いつかこの話題についても書きたいと思うので、きょうはその覚え書き程度に・・・
でも、大事な話題です。「意識的学習」は「おとな式」といえるだろうし、「無意識の獲得」はこども式といえるかもしれません。(もっとも近いうちに「こども式」、「おとな式」という呼び方はやめるかもしれませんが・・・)
24日に追加・・・
「意識的学習」とは、わからない語を見るとすぐに辞書を引いたり、メモをとったり、単語集や単語カードで暗記しようとすることをいいます。文法であれば、日本語の文法問題集をやることです。
これらは・・・うーん・・・ 実態にそぐわない知識になる可能性が大であり、時間の無駄という意味では、大きな害がありますね。TOEICなどの受験2ヶ月前というときには勧めますが、それ以外では決して勧めません。
なお、「意識的学習」には、「どうして英語が使えない?」に書いた「イライラの法則」による辞書引きなどは含まれません。また英語で書かれた文法問題集は「作法」を覚えるためであれば、含まれません。


SSSの掲示板に「たかぽん」さんがこういう投稿をしました。

いや?、加速しますねー。Fasten your seatbelt!
大丈夫か? 大丈夫か? って不安になるんだけど、
明らかに流れが見えてるから、え?い、乗っちゃえ!って感じで。

それに対して、わたしはこういう返信をしました。

すごいね、Fasten your seatbelt! をこういう風に使える日本人がいるんだ・・・!

どこがすごいのか、これからゆっくり説明しますね。そして、それが「無意識の獲得」の結果なのだというところへ話を持っていきます。それで、願わくば「意識的学習」は大きな限界があるのだということを納得してほしいと思います。
この Fasten your seatbelt(s). は飛行機の機内アナウンスにはかならず出てきますね。席に座って頭を上げれば、離着陸のときにはFasten seatbelt.というメッセージが点灯します。また車に乗って、これから出発というときにもよくこの表現を使います。
しかしそれだけだったら、上のたかぽんさんの書き込みはすごくもなんともありません。短いのでわかりにくいかもしれませんが、たかぽんさんの使ったFasten your seatbelt.は「さあ、いいか、覚悟しろよ!」といった比喩的な意味なのです。別に実際に飛行機が離陸しようとしているのでも、車が発車しようとしているのでもないのです。これから「ジェットコースターのように目の回る状況にはいるぞ」という場合に使うのですね。
では、辞書にそうした「意味」は載っているでしょうか? わたしはかつての辞書青年なので、家には数え切れないくらいの辞書があります。その中で最新最大の研究社と大修館の大英和を調べましたが、どちらにも載っていませんでした。
(愉快なのは「ジーニアス大英和」で、飛行機と車の場合が説明してあります。わざわざスペースを割くまでもないと思われる説明です。)
大きな辞典にも載っていないということは、この表現が出てきてわからないから辞書を引いても、出てこない、つまり「意識的学習」はありえないことになります。
(辞書、とくに英和辞典はきわめて大きな欠陥を抱えているので(わたしの「どうして英語が使えない?」(ちくま学芸文庫)にくわしく書きましたが)意識的学習に役立たないどころか、大きな害があるといっていいでしょう。けれども、その欠陥は意識的学習の不可能さとは別の話ですね。)
たかぽんさんは、ではどうして Fasten your seatbelt. をうまい具合に使えたのでしょう? それは無意識のうちにこの表現と、それが使われる状況を結びつけたからだと考えられます。無意識だったということは次のやりとりでわかると思います。

わたし:すごいね、Fasten your seatbelt! をこういう風に使える日本人がいるんだ・・・!
たかぽんさん:?? すごいんですか? Julia Cameronの「the Artist’s Way」に確かそんな表現があったんで、いただきました。
次々しんくろにしてぃが起こるようになるよー、用意はいい?レッツゴー!って文脈で。

さて、いくらでも長く書けますが、意識的学習と無意識の獲得のちがいはわかっていただけたとして、多読のおもしろいところを最後に一つ指摘して終わりにします。
多読で得られる知識は「無意識のうちに獲得される」ので、この場合のたかぽんさんのように、自分が知識を得ているということを意識できないのが普通のようです。これは初期費用の高さに次ぐ「多読の弱点」といってもいいくらいのものです。
1年前に電気通信大学を卒業した学生でそういう人がいました。おとな向けのペーパーバックをどんどん読めるようになっているのに、英語力がついた気がしないとのうもうたのです! なぜ?と問いただすと、その学生は「苦労してなから」と平然と答えました。
多読でペーパーバックが読めるようになったというのに、精神は「プロジェクトX」そのままで、「何事も苦労しなければ身につかない」と信じているんでしょうね・・・