TOEIC900点で、できないこと


先日「聞く」のカテゴリーでも紹介した「まつかわ1971」さんのメールを、違う角度から紹介して、テストというものをどう考えたらいいのか、書いてみます。
もう一つ、アルクのENGLISH JOURNAL (イングリッシュジャーナル) 2007年 4月号の宣伝文句がamazonに載っていました。まつかわ1971さんの意見と合わせて、もう一度TOEICのこと、試験のことを考えてみましょう。


まずまつかわ1971さん・・・

先生、ごぶさたです。
ここ数日、急に英語を聴くのが楽になったので、
「上達したのかな?」と好奇心でCASECを受験してみたら、
867点ありました。TOEIC換算で940点。なにかの間違いかも。
多読を始めてからもずっと、「TOEICで900点なんて
とれたら、すごいだろうな。生活変わるだろうな」
と思って、900点クリアの人をすごく尊敬していたんですけれど、
今の自分が、そんなに読めたり、話せたりするわけでもないのを
考えると、高得点者がネットで披露している独自開発の勉強法とかにはまらなくてよかったなあ、とか、ちょっと胸をなでおろしたり。

TOEIC940点相当と聞くとあこがれる人はたくさんいると思います。たしかに点数で「実力」を保証してもらえると、うれしいでしょうね。
けれども、まつかわ1971さんのように、900点を越えながら、自分のやれることに不満を持っている人はすくなくないようです。わたし自身、そういう人を何人か知っていますが、英語雑誌の代表格English Journalの宣伝文句の中に、そうした不満を裏付ける表現がありました。

ENGLISH JOURNAL (イングリッシュジャーナル) 2007年 04月号
(amazonの「出版社/著者からの内容紹介」より)
■特集>>TOEICスコアは高いのに、なぜ…?
あなたが英語を話せない本当の理由
「TOEICテストのスコアは900を超えているのに、英語がしゃべれない」??そんな悩みを持つ人が、実はとても多いのです。なぜ、英語の基礎知識はあるのに、話すことができないのでしょう? アルクのスピーキング力測定テスト、 SSTの開発者が、膨大な受験者のデータと読者の発話実例から、その理由を分析。

やはりそうなのですね。TOEICは「何点以上取ったら何ができる」ということをはっきり打ち出して流行した最初の試験だと思いますが、あの「XXX点取ったらYYYができる」という宣伝文句には現実と異なる部分がある(しかも例は「とても多い」)ことがわかります。
どうしてそうなるのか?
わたしの推測はこうです・・・
*TOEICは英語の運用能力のきわめて小さな部分を測っている。
*その部分はおそらく全体を代表するように考えられてはいる。
*けれども、あらゆる試験同様そのきわめて小さな部分だけを勉強して、
 試験準備をすることが可能
*そうした狭い範囲だけを勉強した人の高得点は、全体の力を代表していない。
それに対してまつかわ1971さんのように、対策問題集や単語集で狭い範囲を勉強したのではない人は、全体の力が上がって、狭い範囲も上がったのではないでしょうか? だから「聞く力」もついた。書くことも自然にできるようになった。話すには慣れもいります。文化的な障碍も乗り越えなきゃいけない・・・ それはこれからの挑戦ですね。楽しみ!
なお、まつかわ1971さんのTOEIC履歴は
http://www.seg.co.jp/cgi-bin/kb7.cgi?b=sss-english&c=e&id=1055
で参照してください。
最後に引用するのは最初のまつかわ1971さんのメールの後半部分です。
試験はこんな風に受け流して、本はこんな風に読めるといいですね!

上達を数値化してくれるので、テストは便利ですが、
これからどうしたものか。満点をとってはくをつけるというのも
ありですが、むしろレベルダウンをおそれて、姑息な試験対策に
走ってしまいそうなので、いろんな読書を楽しむことと、
もっと気持ちが細やかに伝えられるメールが書けるようになること
を心がけて、英語を生活の一部にしていきたいです。
多読を始める前は、解読することすらできなかったハリポタが
朗読で楽しめる(「理解できる」じゃないところがミソです)
ようになれたこととかを、素直に喜ぼうかと思ってます。

資料のほしいわたしとしてはまつかわ1971さんにTOEICそのものも受けてほしいといいたかったのですが、まつかわ1971さんはちゃんと自分をわかっていらっしゃるようなので、いつかまた、試験が英語獲得の邪魔をしないタイミングで受験してみてくださいと付け加えるにとどめます。
まつかわ1971さん、Happy reading and 中国語 shadowing!