12月22日(土)第1回「日本語多読支援研究会」報告

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 平成最後の年の瀬も押し迫った2018年12月22日、新宿NPO協働推進センターにて第1回日本語多読支援研究会が行われました。本研究会は、多読に関する研究を深めること、多読支援者をはじめ、多読に興味のある方が濃い交流のできる場として設立されたものです。冷たい雨が降り始める中でしたが、全国各地から33名が参加してくださいました。

 第1回のテーマは、「多読のルールの意味──支援者にとって、学習者にとって」。夏の多読支援セミナー(記事はこちら)でも活発な話し合いがあった多読のルールの続きです。発表者は国内外の大学で多読支援を行っている4名です。

 司会はNPO会員で、自身も大学で多読実践を行う作田奈苗。

 発表に先立ち、多読のルール(辞書を引かない、わからない言葉は飛ばす、進まなくなったらやめる)の生みの親、酒井邦秀理事長からのビデオメッセージがありました。この英語多読3原則はどうして必要なのかという問いに対し、酒井理事長は「教師やテスト、こうでなければならないというあらゆる呪縛から開放されて、自分のための’読書’ができるようになるため。楽しく読書をすれば言葉は身につく」と熱く語りかけました。

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パネラーの発表

高橋亘「多読のルールに関する学習者の意識調査」

 最初の発表者は、神田外語大学の高橋亘です。「多読のルールに関する学習者の意識調査」と題し、国内外の課外活動で多読をした学習者への質問紙調査結果を報告しました。全体的傾向として、やさしい図書から読む、進まなくなったら他の本を読むというルールに対しては、学習者は概ね肯定的に捉えているものの、辞書を引かない、わからなかったら飛ばすというルールに対しては一部抵抗がありました。一方で、多読を続けている学習者は、中断してしまった学習者よりもルールに肯定的であり、ルールを適用した読み方になれるためには一定期間が必要な学習者が多いのではないか、との考察しました。

熊谷由香「アメリカの大学生は多読のルールをどう捉えているか」

 次に、米国南カリフォルニア大学で多読支援をしている熊谷由香さんです。テーマは「アメリカの大学生は多読のルールをどう捉えているか」です。

 まず、多読授業後のアンケート調査結果から、多くの学生がルールが効果的で役に立つという認識があること、読むことを楽しむためにルールがあるということを理解している学習者が多いということが報告されました。他方、勉強したい、勉強しなければならないという意識が強い学生にとってはこのルールは落ち着かないのではということでした。また、ルールという言葉についても言及があり、このルールだからこそ守れないと罪悪感を感じてしまう学生がいることや、このルールに守られているという安心感を感じる学生の声もあったとのことでした。

纐纈憲子「『絵を読む』から『辞書を引かない』へ」

 3番目は、米国ノートルダム大学で実践されている纐纈憲子さんのご報告です。「『絵を読む』から『辞書を引かない』へ」というテーマで、言語情報ではなく絵を見ることの大切さについてお話しいただきました。

 まず、授業初日に文字のない絵本を読み、学生が場面や人物の気持ちを描写やストーリー展開の予測などを行うアクティビティが紹介され、学習者が書いた読書記録では、推測力の他、大意取り、読み飛ばす力がついたと気づきが多く見られたそうです。最後に多読のルールを受け入れやすい学習者として、推測すること自体をゲームのように楽しめる、わからないことを気にしない、絵を見ることを楽しめる等という特徴が見られると考察がありました。実際にレベル0の絵本を使って絵を読む体験も行いました。

片山智子「『やさしいレベルから読む』が意味すること」

 最後は、東京大学の片山智子さんが「『やさしいレベルから読む』が意味すること」というテーマで発表しました。やさしいレベルの本は本当にやさしいのかという疑問から、レベル別多読ライブラリーの『船』を例にとり、読みの過程が頭の中でどのように起こっているのかについてお話がありました。

 というのは、新しい部分を読む→それまでの内容の記憶と新しい情報を頭の中で統合する→自分なりの理解を形成して上書き保存がされる→また新しい部分を読んで内容を修正する→上書き保存がされる、ということなのだそうです。ただ、外国語学習ではこのプロセスは大変な作業なので、これを身につけるためにはやさしい語彙や文法の本が必要だ、ということでした。

質疑応答

 その後、フロアからの質問にパネラーが答えました。

Q:絵だけの本を見る活動をやってみたいが、読み方を具体的に教えてもらいたい。グループで読むのか、一人一人なのか。

→A:クラス全体で1ページずつ見ていく。発言は初級は母語でOK。(纐纈)

Q:全部読ませてからグループ分けをするのか。

→A:時間がないのでグループ分けはしていないが、長ければ理想的。(纐纈) 補足:仙台国際日本語学校の『あいちゃん』がおすすめ。(NPO副理事長粟野)

Q:読書記録は具体的にどのようなことをしているのか。

→A:一人ずつgoogle formを用意し、タイトル、レベル、難易度などを書いてもらっている。オ ンライン管理できて便利。(纐纈)

Q:オンライン管理とは?機器はどうしているか。

→A:ほとんどの学生がlaptopやiphoneを使って教室内で書いている。formは教師と本人が共有する。(纐纈)

Q:個人の読書体験を継続して追いかけているようだが、どうやっているのか。

→A: 紙で管理している。読んだ図書の好き嫌いなどを☆の数で書いてもらう。最初のころは英語で、途中から日本語になる人もいる。期末に学生と教師がいっしょに見て振り返る。(片山)

Q:読書記録を書かせる時、母語で書かれたら教師はわからない。どうしているか。

→A:授業中に個別対応で「どこがおもしろかったか」など、わかる範囲で話す。(片山)どのページがおもしろかったか、見せてもらったりしている。(NPO会員白石)

Q:ルールという言葉にひっかかっている学生がいるという話だったが、自分もひっかかっている。自分はルールを「先生との約束」という言い方にしているが、どうしているのか。

→A:ルールという言葉をこんなにルールとして受け止めていて驚いている。今後考えていきたい。(熊谷)

グループトーク

 パネラーの発表の後は、3〜5名のグループでの話し合いの時間です。

 まず、グループの中にいる、学習者として多読を経験した人に、自分の多読について、ルールとの向き合い方について、話していただきました。実は、日本語多読の支援者には、自分自身が学習者として英語、韓国語、スペイン語などで多読を経験している人が多いのです。学習者としての体験や考えをグループ内でシェアすることで、学習者の視点に立つことから話し合いを始めようという試みでした。

 多読学習経験者が口火を切った後は、自由な話し合いです。どのグループも、ルールの意味、実際の実践の仕方など、話は尽きません。これから多読を始めようという参加者はとりわけ熱心で、ルールの説明の仕方などについて、経験者にいろいろな質問をしていました。休憩時間に入っても、席を立たずに話し続ける参加者が多かったです。

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 休憩をはさんでからはグループトークの全体共有の時間です。グループの代表に、どんなことを話し合ったのか、一言でまとめていただきました。

 以下はそれぞれのグループで話し合った内容です。非常に多様な意見が出ていました。

  1. 「辞書をひかない」「わからないところを飛ばす」への抵抗感をどうするか。→個人読みからグループ読みをやってみている。グループ読みによって結果的に辞書を引かないことにつながる、とか、むずかしいのをやめるとかのきっかけになるのではないか。
  2. 英語多読から日本語多読支援へ行った方から「ルールというものは自分を解放してくれるものだと思った」という意見が出た。学習者から「ルールというより権利だ」というのもあった。
  3. ルールはあったほうがいい。速く読めるしという結論だった。
  4. ルールという言葉の意味、どこまで学習者をしばるのか、精読とは違う読み方をするための物である、など、多読の目的を説明する必要がある。英語多読にない「やさしいものから読む」が存在する意味は何か。←3つの原則を守ることによって結果的にやさしいものから読むことになる。
  5. 多読は楽しい、勉強ではない。DVDやドラマを見るみたいに楽しく読むことが目標。ルールは「なければならない」ではなく、「なくていい」という形で提案したらいいのではないか。「辞書をひかなくていいですよ」「最後まで読まなくていいですよ」というような言い方にするとルールのストレスがなくなるのではないか。
  6. 実際に英語多読を経験すると「辞書をひかない」というルールが大事だとわかった。辞書を引いたりすることがストレスだったとわかった。指導者として、自分が多読をすることが大事だ。学習者に何も知らない本を投げても読む気にならないから、最初の数ページを読んでからにするなど、環境づくりが大事。
  7. ルールというと、縛ることに罪悪感を感じる。ルールは多読を楽しむために必要。ルールを与えるのは、学生に楽しんでもらうため。導入をしっかりすることが大事。導入には多読を体験した人の声を紹介したりするのがいい。ルールは縛りじゃなく、安心感を与えるものだと伝えることが大事。
  8. 多読全体のお悩みのような話になった。日本語では音が大事。漢字圏の人は漢字から想像してしまうので、音を聞く。勉強というと、ちゃんとやらないと勉強じゃないと思っていて、多読を勉強じゃないととらえてしまうので、そこが難しい。多読をわかってもらうのが難しいという話になった。

 ここで、今日の会はいったん終了で、閉会の挨拶です。NPO多言語多読副理事の粟野から今後の抱負や、参加者の活動の紹介などがありました。

交流会

 さて、会は終了となったものの、その後は気楽な交流会です。飲み物とお菓子を囲んで、情報交換をしたり、多読支援の方法を相談をしたり、旧交を温めたり。グループトーク以上に賑やかでした。あまりの楽しさに、スタッフのカメラマンまで話し合いに加わる場面も…。

 多読支援者の研究、情報交換、交流のために立ち上げられた多読支援研究会。多読に関する濃い議論を、と願って開催しましたが、みなさんのおかげで盛会のうちに終わることができました。

 今回は第一回目ということで欲張りすぎ、一回の研究会に多くを盛り込んだため、発表者一人当たりの持ち時間が少なく、消化不良になってしまったと、何人もの参加者のみなさんからご指摘がありました。今回の反省点をふまえて、次回以降の開催計画を練りたいと思います。今後の研究会の発展にご期待ください。また、みなさんも「こんなことをみんなで話し合いたい」「こんなテーマの話を聞きたい」など、ぜひご希望をお寄せください。

(高橋・作田)