bite-size writing

3月26日 木曜多読講座(英語)の報告!

日直はNさんでした。4月からは中学校の英語の授業を担当するので、
またしばらく講座に参加できません。Nさん、一月間の参加、ありがとうございました!

(報告が遅れ気味です。個人的な理由があることを記して、ある人への感謝のしるしと
します。)

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3月5日 木曜多読講座(英語)の報告!

日直はOさん。てきぱきと時間割を決め、活動に入っていきます。
この日は半年ぶりくらいの全員出席! そこに1年ぶりに復帰したNさんが加わって、
講座定員いっぱいという珍しい日でした。

いつものようにみんなで借りていく本を選びながらブックトークをしたり、使い始めたばかりのiPad について助けを求めたり、3月8日の忘年度会の話をしたり・・・
その間30分間、わたしのところに入れ替わり立ち替わりシャドーイングをやってきた人が
やってきてシャドーイングを聞かせてくれます。

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2月12日 木曜多読講座(英語)の報告!

木曜日も金曜日も、すごいことになってきています。
わたしはもう講師の肩書きははずして、講座仲間になりたい。

とはいえ、まだみなさんの行く方向を指さすくらいのことはできると思います。
その方向はおもに bite-size と 話し言葉で話す・書く という方向・・・

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2月6日 金曜多読講座(英語)の報告

いま木曜日と金曜日の「話す書く中心クラス」はそれぞれの偏りが出ていて、
木曜日はBite-Size Book Talk に力が入り、金曜日はYouTube風Read-Aloudに
力が入っています。

金曜日は昨年末にYさんが大好きな No Roses for Harry でRead-Aloudの
水準をとてつもなく上げて以来、Read-Aloud が非常に盛り上がっていて、
この日もKtbさんが Benjamin Bunny のRead-Aloudでみなさんを絶句させました。

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2月5日 木曜多読講座(英語)の報告!

日直はMさん。時間割を白板に書いて、さあ、きょうも出発!

読み聞かせでみなさんが「大発見」--Good Night, Moon という名作絵本を
練習してきたUさんがCDを聞きながら練習したときに苦労したところを
大発見という勢いで説明してくれました。そこから他の人も「そう、そう」と
加わって熱の入った議論になったのですが、おおむね次のような結論に
なりました。

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10月2日 木曜講座(英語)の報告!

いつものように、焦点は、シャドーイング、字幕なし多観、一口大・・・
だったのですが、シャドーイングを聞かせてもらうのを忘れました!

それというのも、最初の1時間を「みんなの時間」にしたのですが、
みなさんどんどんそれぞれ準備してきたものを発表して、
それがおもしろくて、一口大の話をどこで入れようかと迷っているうちに、
一口大の話は吹っ飛んで、ついでにシャドーイングははるか彼方に忘れ
去られたという次第。

でも、もちろんこれは非常にいいことです。
次第に講師の役目は小さくなってきて、受講生同士で高めていく形が
はっきりしてきたからです。わたしはきょうも時々口を出しましたが、
そのうちみなさんの様子をメモするだけで一言もしゃべらない日も
近い!(?)

なお、「話す・書く中心クラス」の4つの方針は次の通りです。
※参加者同士で道を見つけていく
※話し言葉で話す、話し言葉で書く
※すべて一口大から!
※やさしい英語の吸収はこれまで通り続ける

たとえば、今週から始まった
YouTube を参考に「芸術絵本」の読み聞かせ
で、とてもよい方向が見えてきたという気がします。
5回くらい練習してきたという人たちは明らかに朗読が滑らかに
なりました。そのことを聞いていたみなさんが確認するわけですね。

Bite-Size Book Talk では、Bさんの Snow (Uri Schulevitz)を
巡って、西テーブルの三人が原本と日本語訳とBさん訳を比べました。
それで絵や文の理解が深まり、原作の表現のよさがわかり、
Bite-Size の理解も深まってきたと思います。
西のテーブルの検討の結果をBさんにまとめてもらいました。
(1行目の RA は B/T つまり Book Talk のことですね。
いろいろ「専門用語」みたいなものが多くてみなさんを混乱させています。)

I think we got several hints to make bite-size RA.

*冠詞を略してもかまわない。
*「黒いひげ」とか「素適な傘」とかの形容詞もいらない
(絵をみればわかる)
*簡潔な単語を使う
*同じ形態の文を並べる
*同じリズムの文を並べる
*後半部分の作者の文の素晴らしいこと!!(さすがプロ)

(BさんのBite-Size Book Talk のメモはこの記事の最後にあります。)

Book Talk がどれほど読むことを深めてくれるか、ということですね。
たとえば「黒い」とか「すてきな」という形容詞は日本語版にありますが
それはいらない! 1冊の絵本を巡って、こんなにもいろいろなことが
分かってくるのですね。天才ならぬわたしたちはこうやってお互いに
知恵を寄せ集めなければいけない・・・ 寄せ集めると愉しみが増える!

以前は講師対一人ずつでやっていた英語の読書相談は今回また
facilitatorを決めて受講生同士でやってもらいました。
その中で字幕なし多観についてみなさんどんな映画やドラマを愉しんで
いるか、報告しあいました。

それでシャドーイングが忘れられた・・・
来週はいきなりシャドーイングからはじめて、それから「みんなの時間」に
しよう!

このところ Shaun Tan 人気が沸騰して、「話す書く中心クラス」では
Shaun Tan さんの絵本が引っ張りだこ。まだしばらくは人気が続きそうです。

“The sky was gray.
Everywhere was gray.”
From the gray sky
One flake of snow was coming down.
“It’s snowing,” said a boy with a dog.
“It’s doesn’t snow,”  said an old man with black beard.
Then, one after another, one flake of snow came down.
“It’s snowing,” said the boy.
“Nothing,” said a man wearing a long hat.
Then, one, two, three flakes of snow came down.
“It’s snowing,” said the boy.
“Snow will melt soon,”  said a lady with nice umbrella.”
Snow melted in a moment.
But snow came down from the sky again.
“There won’t be snow,” said radio.
“There won’t be snow,” said TV.
But snow doesn’t listen to the radio.
Snow doesn’t watch the TV, too.
Snow just came down from the gray sky.
It snowed and snowed.
They were dancing, turning,
playing and jumping, one after another,
everywhere was covered with snow.
Snow covered here and there.
“It’s snowing,” said the boy.
The roofs were wearing white hats.
All of the town were shining white.
“Hooray! It snows.”

やさしいことばばかりです。一口サイズよりは大きい文がありますが、
それはしょうがない場合もあります。この調子でいっぱい書きましょう!

9月25日 木曜多読講座の報告!

「みんなの時間」を先にして、みなさんが家で準備してきたことは全部発表してもらうようにしました。
Bite-Size Read Aloud では、みなさん練習する時間をしっかり確保できたようで、
聞いていてわかりやすいし、おもしろい! 実にみなさん伸びやかです!!
練習回数は4、5回くらいだったようです。

Bite-Size Book Talk ではBさんがUri Schulevitz の Snow をやりました。
図書館で借りてきた日本語訳を bite-size の英語にしたのですが、これがよかった!
で、おもしろかったのは、NPOにある英語版を持ってきて、英語版と、日本語版と、
日本語版から作ったBさん版を西のテーブルのみんなでくらべて検討したのです。
Bさんの bite-size writing がうまくいっているところもあれば、
英語ではこうだったんだ、なるほどというところもあれば、
日本語版の訳のうまいところも見つかった!

(1カ所、どうしてもこれはだめだよね、という日本語訳もありました・・・)

あれだけくわしく見るとおもしろいことがいろいろあるもんだ!と感心しました。
いつもというわけには行かないけれど、ときどき翻訳と原作とBite-Size 版をくらべるのもよさそう!

9月19日 金曜多読講座(英語)の報告!

前日の木曜多読講座と同じように、一口サイズの説明が中心でした。

Read/Aloud では音のこと。つまりピンクのピンク、ピンクの赤、ピンクのオレンジくらいまでは
ほとんど全部文字はrhymeになっていること、だから同じ音が繰り返し出てくる音遊び、
リズム、意外なメロディーの変化などをできれば生き生きと表現したいものだと・・・
でもこれについては別に「町の名前をひとつ」の方で説明していきますね。

最後にピンクのピンクからピンクのオレンジまでをみんなで朗読して自分のbite-sizeを探したのでした。
きょうはここまで!

9月18日 木曜多読講座(英語)報告!

ここしばらくのテーマは シャドーイング、字幕なし多観、一口サイズ です。

この日はシャドーイングが抜けてしまいました。
一口サイズでは、新しく始まった Bite-Size Book Talk と、
Bite-Size Read Aloud について少し掘り下げてみんなで話しました。

で、字幕なし多観について、OさんとMさんの報告が非常に印象的だったので、
講座受講生のメーリング・リストにあらあめて報告してもらったものを引用します。
まず Oさん・・・

Saki-sensei, Everyone,
Thank you for the lesson today.
At today’s class we talked about “字幕なし多観”
Sakai-sansei said “Write about it in Japanese.
So I’ll write down in Japanese.
先日刑事コロンボの”攻撃命令”を字幕なしで観ました。
実は二回目の視聴で、発見がありましたのでご報告します。
今回の変化は以下の3点です。
①登場人物以外の背景にも目が向くようになり、より内容を楽しめるようになった。
(これは多読の絵をじっくり見るに通じるかもしれません)
(以前は登場人物の口の動きをしっかり見ていただけだった)
②以前よりもより細かい内容も大分聞き取れるようになった。
(一回目の視聴は6月だったので3か月で大分成長できたのか?・・嬉しい!)
③英語にも関わらず、音量を大きくせずに観ることができた。
字幕なし多観の継続は以外に短時間に英語を聴く耳を作るか もしれませんね。
今後も続けていきたいです。
酒井先生には感謝しています。
ある意味強制されなければ、字幕なしの世界に飛び込められませんでしたから。

①、②、③、どれも貴重な報告です。
やはり絵は大事! 字幕を見ていると絵=画面は見ていないですね。
これはやってみるとすぐ分かりますが、Oさんは3ヶ月を経て同じ画面を見たので、
それがはっきりしたのですね。

字幕なし と 絵本の字を隠す は同じことですね、考えてみれば!

そしてこちらはある意味でとっても、とってもうれしい Mさん の報告!

私も酒井先生から「字幕無し多観」について書くように言われていましたが、遅くなりました。

私はこれまで「字幕なし多観」と言っても、会話の内容が理解できないことが多いため、時々字幕を盗み見しながらストーリ-を理解していました。

先日kmama-sanから紹介のあった「コロンボ:攻撃命令」を全編字幕なしでtryしてみました。

すると、今までと違う新鮮な感覚を味わいました。

それは、会話の内容は理解できませんでしたが、音声がリズミカルに伝わってきたことです。

コロンボの肉声も初めて意識的に聴きました。

映像の中の音声がリズムカルに感じたのは初めてかも知れません。(今頃になって・・・。)

これが「字幕なし多観」の原点なのでしょう。

文字を読んでいる間に映像と音声は変化していきます。

読む文字がなければ映像をじっくり見ることができ、音声も意識できます。

今後はストーリーの内容にこだわることなく、映像の変化と音のリズムにだけ注意して本当の「字幕なし多観」を楽しめるように努力したいです。

なんといううれしいこと!
Mさんがたどりついた原点は実はわたしがNPOの講座を通してたどりついた
原点です。

(「絵=映像」の変化、そして音のリズム!
「絵=映像」は 「ことばの氷山」につながり、
リズムは「一口大」へつながります。)

そんな大事なところで「受講生」と「講師」が一つになるとは!
これからも曲折はあるでしょうけど、Mさん、ぜひ字幕なし多観を
折りに触れ愉しんでください!

最後に、Oさんの最後の一言について・・・

講座ではいくつも「強制」していることがあります。
多読に強制は似合わないはずですね。
けれども、シャドーイングにせよ、一口サイズにせよ、字幕なし多観にせよ、
強制しなければならない理由があると考えています。

それは これまでのやり方を変える ということです。
つまり学校英語の考え方を洗い流すために、ある場合には強制する必要がある・・・

ある場合というのは学校英語を一生懸命やった場合たちです。
学校英語のさまざまな縛りをまとっている場合は、やはり無理矢理にでも
まずは呪縛から抜け出てもらって、そこから 「自由な獲得」 が始まるのだと思います。

「自分の自由な意思だ、自分は楽しんでいる!」と信じていることが、
実は学校や世間の期待に応えているだけ、それをひきずっているだけ、
という場合が非常に多いとわたしは思います。

自由を獲得するための不自由!
残念ながらそういうパラドックスを越えなければならないのですね、いまの英語教育では。

なお、学校英語の癖がない場合は、軽々と、気軽に一口大もシャドーイングも、
字幕なしシャドーイングもこなしていきます。いや、そういう場合に属する
ある人は、こうのたもうたのでした。

「長い文を書きたくても書けないのです!」